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6 ◇嫉妬って何?
こういうのを気にしないって言えるほど、私は夫に無関心ではいられないのだ。
たぶん、すでに夫に興味がないとしても婚姻関係でありながら
こういうことをされたら、やっぱり私は嫌な気持ちになると思う。
まして、私はこれまで夫のことを伴侶としてこの先も仲睦まじくと
考えていたのだから、よけい嫌悪感でいっぱい。
妻も余所の若い子もなんて二股、そんな甘いこと私は許せないし
世間だって許さないわよ。
ふたりのLINEにこんなのがあった。
女:「梅田の〈ビストロひかり〉っていうところに、ステーキのすっごく美味しいお店が
あるらしいですよ。次の出張帰りのディナーに行ってみませんか!」
冬也:「おっ、いいねぇ~」
このふたり、ふざけてるわよね?
胸糞っ、キィ~!—-私の名前は 姫苺だよっ。
こんなことでキィ~って自分の名前を叫ぶことになろうとは。
トホホ。
冬也の翌日の出張は少し余裕があって9:30頃家を出る予定に
なっていた。
いつもなら起きている時間になっても夫は起きず、私は彼に声を
掛けた。
昨夜盛った風邪薬のせいかもしれない。ヤベッ
私の心配をよそに、声を掛けると眠たそうではあったけれど夫は
目を覚ました。
通勤前の時間に余裕があるっていうのはいいもんだなって思う。
いつもなら朝に話らしい話なんてできないから。
「今日、明日の出張は、彼女も一緒?」
「あっと……うんそうなんだ。
最近はなるべく1人で行くようにはしてたんだけどね、今回は
上司からも勉強になるから連れて行ってあげてほしいって頼まれてね」
「上司からの勧めってことは、他にも誰か一緒に行くのかしら?」
「あっ……ぁぁ、他には木村くんが一緒だ」
「へぇ~、3人で行くんだぁ~。
じゃああなたち、あなたはその木村くんとで、篠原さんと二部屋に別れて
部屋を取るのね?」
「そうだね」
そっか、3人で行って3人で帰ってきて、彼女が夫に美味しいって
言ってたお店には、はて何人で行くんだろう?
なんて考えたりもしたけど、そんなあり得なさそうなことを考えるのが
何だか阿保らしくなって、夫には訊かなかった。
その変わり私はできうる限りソフトな言い回しで夫に釘を刺した。
◇もうこれで……
「何度も言うのは私も嫌なのでこれで最後にするけど、篠原さんと個人的に
付き合うのは、止めてね。
例えばメールとかLINEの遣り取りもそうだけど、社外で会ったりとかは
絶対しないって、約束してね。
そして仕事関係もなるべく……極力、一緒にはならないようにお願いね」
そんな風に私は夫に切り出した。
LINEを見たことは持ち出さなかった。
もし、このことを持ち出す日があるとすればそれは私たち最後の日かもしれない。
「あぁ、分ってる。心配しなくて大丈夫だから。
でも 姫苺 が職場の女性のことで俺のこと心配するの初めてだよな。
何か、ちょっと嫉妬されてうれしいかも。haha!」
嫉妬?
嫉妬って何?
嫉妬も何も、夫が不倫予備軍になろうとしているのに
何も言わないで放っておく妻がいるわけないでしょ! プンスカっ!
嫉妬されてうれしいですって。
私と夫との温度差に驚きを隠せなかった。
この朝の夫との会話で、私は夫がどんどん遠い存在になっていくような……
まるで知らない人になっていくような……不思議な感覚に襲われた。
私の大好きだった夫が、変わってゆく……壊れてゆく……そんな感覚。
◇ ◇ ◇ ◇
私の思惑など考えてもない夫は、機嫌よく出張へと出掛けて行った。
どうせ……とは思ったものの、私は夫の会社へ木村くんの知人の振りをして
呼び出しをかけてみた。
はぁーはぁーはぁ~っ!
脱力。
やっぱりね。
木村くんなんて存在しなかった。
あンの野郎ぉ~。
なんかもうね、Nからのメールなんて見なくても、もう今から内容が
分かってしまったね。
私は急いで優秀な人材のいる興信所を探すことにした。
Nからの知らせを待たずして、ぱっと閃いてしまったから。
女からのLINEで出張帰りの食事する場所は突き止めてるから、
調べる日はわかっていて、プロなら調査はたぶん簡単な部類に入るはず。
よほどヘボな興信所でもない限り、ちゃんと調査結果出せるはず。
2軒目に問い合わせをした興信所のスタッフの感じがすごく良かったので、それだけで
速攻2軒目の立山興信所というところに決めた。
フフン、明後日以降に報告書ができると思うので今から楽しみ。
私の人生で浮気調査を興信所に頼むなんてこと、おそらくこれが人生初で
最後だと思うから、悲しいことなんだけどある意味楽しもうと思う。
やだ、私ったら何かすごい痩せ我慢してなぁ~い?
◇出張
出張に発つ前に――――
姫苺 から再度、篠原智子とはあまり必要以上に接触してくれるな、と
お願いというかまぁ、約束になるのかな? 約束させられた。
以前も一度やんわりとそれらしいことを言われたことがあって、
妻には『気にしすぎだ』みたいに言い、話はそのままうやむやな感じで
終わってたのだが……。
なかなか断りづらいっていうのもあって、篠原とはその後も以前と変わらない
距離感で仕事をしている。
時々、彼女からもろに私情丸出しのLineなんかも来るけど、拒否らず
適当に相手をしてる。
だが、出掛けに聞かされた妻からのお願いというか、忠告が脳裏をよぎり、
ちょっと 姫苺 がかなり気にしてるのかなと思い始めてる。
だけど、実際不倫してるわけでもないし、仕事を覚えたいっていう女子に対して、
どんな理由つけて断れっていうんだよ。
案外それはそれで難しいんだよっ、 姫苺 。
俺だってそれとなくは努力してるんだけどなぁ~。
『あんまり俺とばかり出掛けてると君は年頃なんだから、都合悪くないの?』
ってくらいは、それとなく言ってる。
だけどあんまりそういうことを強調するのも、何かね自意識過剰と
取られかねないから、難しいンだって。
出張に発つ日の朝――――
妻から忠告されてるだけに、帰りがけに行くディナーのことを
考えると頭が痛いけど、今更断るのもなんだし。
逐一何でもかんでも奥さんに報告するような人間、世の男どもの中に
一体何人いる? そうそういないだろ?
黙ってれば妻には分からないことだし、とにかく今回は
しようがないだろうなぁ。
妻にはああ言ったものの、実は今回の出張も篠原と2人だけの
出張になっている。
一緒に行くことになってるって話した木村って誰だよ?
自分で言っといて、吹きそうになる。イカンイカン
つい 姫苺 からの追及に口にしてしまった架空の人物だった。