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小さい頃はいつも姉ちゃんの着せかえ人形だった。
あたしも姉ちゃんも綺麗な服やかわいい服が好きで、姉ちゃんは着せるのが、あたしは着るのが大好きだった。
「結衣! すごくかわいいよ!」
あの頃のあたしは姉ちゃんのそんな言葉を鵜呑みにして、無邪気にはしゃいでいた。フリルもリボンも大好きで、絵本か何かのお姫様になりきって丁寧にお辞儀したりなんかして。
「お姉ちゃん! あたし、お洋服屋さんになる!」
いつかこんな服に囲まれた仕事がしたい。
自分だけじゃなくて、色んな人達をお姫様にしてあげたい。
そんな小さな夢を握りしめたまま、友達と出かける時もフリルたっぷりで出かけておおはしゃぎしたりなんかしていた。
そうしている内に小学生になって、あたしは父の仕事の都合で一度院須磨町を離れた。
そしてあたしは、都会であの町にいた時と同じ調子で新しい友達二人にお姫様みたいなあたしを見せてしまった。
「ねえ、かわいいでしょ!?」
両手をいっぱいに広げてそう言ったあたしに、二人は気まずそうな表情を見せる。
それからしばらく間があって、一人がおずおずとこう言った。
「浅海さん……それ、あんまり似合ってないよ……」
もうあれから、人前でロリータを着ることはなくなった。
それからどんどん背は伸びていって、院須磨町に戻ってくる頃にはそこらの男子よりもよっぽど背が高くなっていた。
鋭い目つきに三白眼、高身長ですぐさま影でヤンキー呼ばわりされて、やけくそでそれっぽく振る舞っている内にすっかり板についた。
ああ、別に何にも面白くねえな。
毎日毎日、今でもずっとそう思ってる。
***
気に食わないクソガキと出くわした翌日、どういうわけかあたしはまたドリィのレジにいた。
「……冗談じゃねえぞ……」
友達が風邪で、その間の子守を頼まれて断れなかったらしい。おかげ様でまたあたしがふざけた店の店番だ。
そもそもこのしけた町でロリータを愛好する奴なんかほとんどいない。経営は基本的に赤字だし、客足もほとんどない。仕事として楽と言えば楽だが、退屈で仕方がない。おまけにタバコは吸うなときつく言いつけられている。
仕方なくタバコは我慢したまま適当に店内を見回していると、不意に来客があった。
「っしゃーせー」
とりあえず適当に挨拶しておくと、そいつはレジにいるあたしを見るなり目を丸くした。
「「げっ」」
同時に口から同じ音が出て、そのまま静止する。
あたしもそいつもしばらくそのまま見つめ合っていたが、やがてそいつは深くため息をついた。
「愛美さんは?」
「慈善事業」
「はぁ?」
「ほらなんか買うんだろ。さっさと選べよ」
そう言ってしっしっと視界から追い払おうとしたが、よく見るとそいつが怪我をしていることに気づく。顔や腕に絆創膏やガーゼを貼っており、あらわにならないようズボンでも履けば良いものを、そいつはガーゼの貼られた足をゴスロリワンピースのスカートから覗かせていた。
「転んだのか?」
「ほっといて。関係ないでしょ」
「悪霊にやられたとか?」
冗談半分でそう問うと、そいつはキッと睨み返してくる。
「うっさい! 不良女!」
「居もしねえ悪霊と戦って怪我ってマジかよ! 転んだんだろ? それともガーゼ貼ってるだけか?」
このままからかってやろうと思ったが、そいつはそれ以上取り合ってはくれなかった。
それからしばらくそいつは店内を見て回り、あーでもないこーでもないとぶつくさ言いながら服を選んでいた。
しかしふと、そいつはあたしの方へ視線を向ける。
「……そういえば愛美さんに聞いたんだけど」
「あ?」
「アンタ、昔はこういうの好きだったらしいじゃない」
そう言ってそいつが指差したのは当店が誇る最強クラスの甘ロリだ。姫ロリとも言える。
姉ちゃんめ、あの後余計な話しやがったな。
「……からかわれたお返しのつもりか? 好きなだけ笑えよ」
事実を否定するつもりはない。クソガキにコケにされるのはたまらなかったが、今回は因果応報だ。あたしも調子に乗ってからかおうとしたのが悪かった。
しかしそいつは、笑うどころか眉をひそめて怪訝そうな顔を見せている。
「いや別に面白くないけど……」
「……むしろ笑ってもらえねーとそれはそれでリアクション出来ねえな……」
想定外の反応に困ってしまう。
「どう見ても似合わねえだろ。このヤンキー面は生まれつきだからな」
そう言ってわざとらしく顔をしかめてやったが、そいつはそれでも笑わない。それどころか真顔でジッとこっちの顔を見てきやがるときた。
「……そう? まあ確かに甘ロリとかは似合わなさそうだけど。でも色々やりようがあるんじゃない? パンク系で攻めてみるとか、いっそ王子系とかね」
「は……?」
今まで考えもしなかったことを不意に言われて、あたしはうまくコメント出来ずにくちごもる。
「まあ良いわ。今日は一旦帰る。また来るから愛美さんによろしく伝えておいて」
そいつはそう言ってひらひらと手を振ると、何事もなかったかのように店を出ていく。
未だに硬直したままのあたしを残して。
***
結局その日はずっと、クソガキの言ったことが気になって仕方がなかった。
やりようがある? こんなナリでか?
繰り返し考えてみたけど流石にもうガラじゃない。そうこう考えている内に段々とイラついてきて、あのクソガキに物申してやりたい気分になってくる。
「……今日もやってんのかな、除霊ごっこ」
いたら物申してやるか、なんて軽い気持ちで考えながら、あたしは例の山小屋へとバイクで向かっていく。
山小屋についても、クソガキの姿はない。
別にいないならいないで、いつも通り一服して帰るつもりだった。
バイクによりかかってタバコに火をつけてのんびりと一服していると、不意に足音が聞こえてくる。期待混じりにその方向を見つめていると、案の定そいつは現れた。
「よっ」
右手で軽く挨拶してやると、そいつはぶすっとした表情でこっちを見る。
「なんでいんのよ」
「あのな、昼間のことだが――――」
言いかけるあたしだったが、そいつは聞く耳持たずに山小屋の中へと向かっていく。
「っておい聞けよ!」
「うっさい! 早く帰れ!」
そう言い捨てて山小屋に入っていくそいつの後を、あたしは追いかけて中に入っていく。
山小屋の中には初めて入ったが、中はかなり荒れていた。机や椅子は壊れており、僅かだが血痕もある。
「馬鹿! 何で入ってくんのよ!」
「うるせえな。そもそも話の途中――――」
言いかけて、不意に背筋がゾッとする。
今まで感じたこともないような怖気がそのまま全身を駆けずり回って、あたしは思わずへたり込む。
「下がってて、ていうか小屋から出なさい!」
気がつけば、そいつは何かを見上げていた。
「な……!?」
視線の位置から考えて相当デカい。それだけでも驚いていたのに、そいつが拳銃を取り出して見えない何かを撃ち始めるモンだから更に驚いた。
だがやがて、そいつは何かに弾き飛ばされるようにして壁に向かって飛んでいく。その衝撃で、拳銃があたしのそばまで転がってくる。
「っ……のぉぉぉぉぉ!」
そいつは立ち上がるとすぐに駆け出して、見えない何かに向かっていく。
相手が見えなくてもなんとなくわかる。勝てるわけがない。
「おい馬鹿何やってんだ! 逃げるぞ!」
そう言って逃げ出そうとしたが、腰が抜けているのかうまく立ち上がれない。その間にも、そいつは見えない何かと戦い続けていた。
「……勝てるわけねえ」
明らかに体格差がある時のやられ方だ。
どう見てもそいつはなぶられているだけにしか見えない。
それでもそいつは一歩も退かなかった。
「やめろって! お前みたいなチビ助が勝てるわけねえだろ!」
あたしがそう叫ぶと同時に、そいつは一度倒れる。
だが、すぐに立ち上がって見せた。
「あたしは負けない」
「意地張ってる場合かよ! お前だけでもさっさと逃げろって! チビの癖に無茶すんな!」
「うるさい!」
振り向きもしないでそう叫んで、そいつはこっちに手のひらを向ける。
「銃! こっちに寄越して!」
「ハァ!? 効いてなかっただろ! っつーか自分で取りに……」
言いかけて、すぐに理由に気づいた。
こいつがここまで銃を取りに来れば、あたしが危険にさらされる。
こいつはさっきからずっと、見えない何かをあたしに近づけさせないように戦っていたんだ。
「いいから、寄越しなさい」
それで何になるっていうんだ。
さっき効かなかった銃があったところで何だと言うのか。
でも……
「ああわかったよ!」
半ばやけくそになりながら、あたしは銃を掴むとそいつに放り投げる。
そいつはそれを受け取ると同時に、見えない何かに弾き飛ばされた。だが今度は、銃を決して放さない。
「あたしは出来る……あたしは……強い!」
自分に言い聞かせるようにそう叫んで、そいつは弾き飛ばされた姿勢のまま発砲する。
二発。三発。そして四発目を最後に、そいつは撃つのをやめた。
その瞬間、山小屋全体に漂っていた厭な空気が消えていく。そのままあたしが呆然としていると、そいつは構えたままだった銃をおろして小さく息をつく。
「…………出来た……」
それだけポツリと呟くと、そいつは一瞬だけ泣き出しそうな顔を見せた後、すぐに立ち上がった。
「……立てる?」
そして生意気にもあたしに手を差し伸べてくる。
「……お前……無茶苦茶だ……っつーかわけわかんねーし!」
「でしょうね。どうせ見えてなかったんでしょ」
「……でも、いるのはわかった」
立ち上がって服についた埃やら何かを払い、ひとまず安堵のため息をつく。
「その……ゴーストハンターだっけ? そういうのって、お前以外にもいるのか?」
「まあね」
「……だったら、他の奴に任せりゃ良かったじゃねえか。一回負けてんなら尚更、チビのお前が無理矢理やることなかったんじゃねえか?」
「……アンタね、さっきからチビチビうっさいのよ」
そう言って一度睨んでから、そいつはそのまま言葉を続ける。
「確かにアンタの言う通りかも知れない。でもあたしは、体格とかそういう、生まれ持ったものを理由にして逃げるのだけは絶対に嫌」
「いやいや、お前三年か四年生くらいだろ? 背はこれから伸び――」
「六年生よ。クラスでは”まだ”あたしが一番小さい」
そう言われて、あたしはうまく言葉が出て来なかった。
「でも言っとくけど、伸びしろがあるのは確かよ! その内アンタなんか見下ろしてやるんだから!」
ああ、こいつ強いんだ。
そう気づいた瞬間、自分の弱さが情けなくなってくる。
こいつの事情は全然わからない。
ゴーストハンターが何なのかさえ。
だけどこいつは、自分の体格という逆境に正面から立ち向かおうとしている。
「……何よ黙り込んで」
あたしは無理だと諦めた。
好きなものを投げ捨てて、なるべく見ないフリして生きてきた。
ずっと。ずっと。
「……いや、すげえなって」
まるでタイミングを見計らうかのように雲が途切れて、窓辺から月光が差し込んでくる。照らされたそいつは恥ずかしそうに少しだけ顔を赤らめて、あたしから目を背けた。
「そうよ。あたしはすごいんだから」
でもしっかりと胸を張って、そいつはそう言い切った。
ここでようやく、あたしがこいつに抱いていた微かな期待の正体に気づく。
あたしの退屈な毎日を。
くだらない殻を。
ぶち壊してくれるかも知れないって、直感的にそう思ってたんだ。
今みたいに。
***
「……いや、やっぱ無理だわ……」
もう何年ぶりかもわからない丈の短いスカートの感触が妙に恥ずかしい。
そこら中装飾だらけで動きにくいったらないし、正面の鏡に映る顔はやっぱりヤンキー面だ。
「ううん、そんなことない! そんなことないって!」
姉ちゃんは妙にはしゃいだ様子でそう繰り返すけど、あたしとしてはやっぱ似合わねえなって結論になる。
ガキに影響されてちょっとだけ試してみたがこのザマだ。あたしにロリータはやっぱ厳しい気がする。
「……でも、まあ……あるかな。ちょっとくらいはやりようが」
別にこんなにフリフリじゃなくたって良い。
今はまだわからないけど、あたしにはあたしのやり方があるハズだ。
お姫様にはもうなれなくても、理想と現実の丁度境目みたいな、良い感じの妥協点がどこかで見つかるかも知れない。
だから、もう少しだけ色々試して見るのも良いかも知れない。
「……結衣……」
「……っておい泣くなよ! 今の泣くとこか!?」
「泣くとこだよぅ……」
何がそんなに泣けるのか。姉ちゃんは急にぐずぐと泣き出してしまう。でもすぐに、満開の笑顔であたしを見た。
「だって結衣が……久しぶりに少しだけ楽しそうにしてるから……」
「……そっか。姉ちゃん、ごめんな……色々」
色々ってなんだろう。
たくさんある気がするのに、うまく言葉に出来ない。
「あとさ、一つ頼みがあるんだけど……聞いてくんねえかな?」
そう言ってあたしが口にした言葉に、姉ちゃんは目を丸くして驚いた後、感極まってあたしを抱きしめた。
***
そいつとの再会は、結構良かったんじゃないかと思う。
そいつは店に入ってあたしを見るなり目を丸くした後、やがて少し楽しそうに微笑んで見せた。
「愛美さん、結婚するんですってね」
「……ああ」
「旦那さんのところに引っ越したんでしょ?」
「そうだよ」
そう答えて、あたしはゆっくりと手を広げる。
「だからここは、今日からあたしの店だ」
姉ちゃんが小さい時のあたしの言葉を覚えていたのかはわからないけど、まさかこんな形であの頃の夢が叶うなんて思いもしなかった。
「ヤンキー女の小さい頃の夢、実はこれだったんだ」
それを聞くと、そいつは屈託のない笑みを浮かべる。そしてこう言ったんだ。
「へぇ、最高じゃん!」
「……だろ?」
その日からあたしとそいつは――――浅海結衣と朝宮露子は、ダチになったんだと思う。