コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私達は先程までいた中庭から城門前に向かった。
ルークは私をそのままお姫様抱っこの状態で歩き続けた。
今、誰かに見られたらどんな風に思われるのだろうか?
よく考えてみれば、私は泥まみれでボロボロの囚人服を身に纏い、顔も髪も酷い有様だろう。端から見れば行き倒れか牢から脱走した逃亡者をルークが拾って城に連れ帰って来た、って感じでしょうね。
魔王の臣下がこの光景を見れば、間違いなく大騒動になるのは明白だ。かといって、自分の足で歩けない状態なので、ここはルークの好意に甘えるより術は無かった。せめて背負ってくれれば、行き倒れを保護してやった的な感じに見えるのでしょうけれども、これではまんま愛する者を保護している感がありありと出ていて恥ずかしいのだ。
城門の前に到着すると、そこで驚くべき光景を目の当たりにする。
手前から奥まで、メイド服を着た女性の獣人や、執事服を纏った気品溢れる獣人男性達が頭を垂れ、左右に分かれて道を作るかのように佇んでいたのだ。
「お帰りなさいませ、魔王陛下」
先頭に立っていた執事風の獣人男性が先んじてそう言うと、続いて周囲にいた獣人達も同じ言葉を一斉に反芻する。
恐らく、先頭に立っていた猫耳の男性が執事長なのだろう。穏やかな双眸に丸眼鏡を片目にかけ、肩までかかった赤毛が印象的だった。身長はルークより拳一つくらいは高そう。細身だが服の上からでも隆起した筋肉が分かる。穏やかな風貌ではあったが、放たれる圧は相当なものだと感じた。
「ベル、今帰ったぞ。変わりはないか?」
「ええ、ございましたとも。何処かの自由奔放な魔王陛下が勝手にお城を抜け出して城の者を心配させたという大事が起こっておりました」
猫の執事──ベルさんは笑顔の中に怒気を含ませ、細めた瞳からは鋭い眼光を放っていた。
「ならばいつも通り問題無いというわけだな」
その時、愉快に笑うルークを見て、ベルさんの額に青筋が浮き立ったのを私は見てしまった。
ベルさんはフルフルと笑顔で身体を震わせた後、私に視線を向ける。
「ルーク様、ところでその御方はどなたですか?」
「何を言っているんだ、ベル。オレの花嫁、聖女ミアに決まっているだろうが」
ルークは得意げにそう言うと、ふふんと鼻で笑って見せた。
すると、一瞬だけ周囲の空気が凍り付いたような錯覚を垣間見る。
その場に居合わせた者は全員固まり、全員が驚きに満ちた表情で私に視線を注いでいるのが見えた。
彼等が私に抱く感情が敵意なのか好意なのか、まだ判断がつかなかった。伝承によれば、大昔から獣人と人間は互いを忌み嫌い争い合っていたと記されている。言わば怨敵と言っても過言ではない程の敵対関係にあったということ。果たして、怨敵認定している人間を獣人である彼等が私を受け入れてくれるのだろうか、と不安が込み上げてくる。
「ルーク様、今までも貴方には散々振り回されて参りましたが、よもや、花嫁を、しかも聖女様をお連れになられるだなんて……」
ベルさんは両手を力強く握り締めると、歯噛みしながらブルブルと身体を震わせる。彼の口元から鋭い八重歯がキラッと光るのが見えた。
どうやら予想通り、獣人達は私に対して敵愾心を持っているに違いない。どうしよう。ルークは私を受け入れてくれるとは言っていたけれども、それはあくまでルーク個人の意見であって獣人達の総意ではない。守るべき臣下達や民衆からも反対されればルーク一人の力だけではどうにもならないだろう。
もう私に居場所は無いのね。帰ろうにも、故国に帰れば魔女として処刑される身。森の中で住まわせてもらえるよう懇願してみようか?
などと私が悲嘆に暮れていると、周囲はたちまち大歓声に包まれた。
「御婚約、おめでとうございます、ルーク様!」
ベル様を始め、その場にいた獣人達は一斉に同じ科白を空に向かって叫んだ。それは獣の遠吠えのような色が含まれているように聞こえた。
私は、先程、故国で聞いた民衆の大歓声と比較してみた。
彼等が放つ歓声に悪意は微塵も感じられなかった。言葉通りの祝福の感情だけが純粋に込められているのが分かった。
一方で私の処刑が宣言された時に放たれた歓声には狂気と悪意しか込められていなかったのが分かる。
「ルーク、私、ここにいてもいいの?」
ルークに抱かれながら、私は目頭が熱くなるのを感じ、咄嗟に両目を両手で覆う。
「オレの花嫁になるんだ。当たり前だろう?」
その時、私はまだちゃんとルークに求婚の返事をしていなかったことに気付いた。
あの時はちょっと混乱状態になっていて、とりあえず「ごめんなさい!」って謝ったんだっけ。
すると、ルークもそのことを思い出したのか、怪訝な表情で私に問いかけて来る。
「そう言えばミア、あの時、何故オレに『ごめんなさい』などと謝罪を口にしたんだ?」
「そ、それはその……」
本当は断るつもりだった、だなんて口が裂けても言えない。
「ミア、もしかしてオレと結婚するのは嫌なのか?」
ルークは少し寂し気な色を真紅の双眸に映した。何故か今までピン! と立っていた黒い獣耳がシュンと倒れているように見えた。
あれ? もしかしてルークって、落ち込むと獣耳が倒れ込む癖があるの……?
ルークって可愛い!
思わず私は心の裡でそう叫んだ。たちまち笑いがこみ上げ、ウフフと口に手を当てながら微笑んでしまった。
「何がおかしいんだ?」
「フフ、こっちの話だから気にしないで。それでお返事のことなんだけれども」
ルークは息を呑み込むと、真剣な眼差しで私を見つめる。心なしか少し緊張しているようにも見えた。獣耳は警戒しているかのようにこれ以上ないくらいにピン! と背筋を伸ばして立ち上がっていた。それを見て私は笑いを堪えるのに必死になる。
「もう少しお互いを知ってから改めて御返事するってことでもいい? 私、もっとルークのことも、夜の国のことも知りたいの。それじゃダメかな……?」
私は上目遣いで甘えるようにルークに懇願する。
「そうか。それもそうだな。いささかオレも性急すぎたようだ。分かった。ミアのしたいようにすればいい。オレはいつでもミアを待っているから」
ルークは安堵したように顔から緊張の糸を解いた。柔和な笑みを口元に浮かべ、真紅の瞳が優し気な色を帯びる。彼の感情を表すかのように頭の獣耳もリラックスしているみたいだった。
今後、ルークの感情を読み取るのに獣耳は重宝するわね。
私は心の裡でニヤリ、とほくそ笑んだ。
「よく考えればミアも今日は疲れただろう。城の案内は明日にして、今日はもう休むといい」
ルークにそう言われた瞬間、私の全身に眩暈がするほどの疲労感が襲い掛かった。
言われてみれば、本当に今日は激動の一日だった。
最愛の妹に裏切られ、魔女として処刑されたこと。故国を、実の父親を失ったこと。
ルークに救われ、人生初のプロポーズをされたこと。
どれ一つ取っても一生忘れられない出来事ばかりだった。
「そうね……お言葉に甘えさせていただくわ……」
ルークの胸に抱かれていたことも要因だったのか。もう安全だと確信した瞬間、私は1秒もかからず深い睡魔に襲われた。
何処からかニーノの発狂するような怒声を聞いたような気がした。
「絶対に逃がしはしないわ……! ミアお姉様、必ず見つけ出して私の手で葬ってあげるから待っていなさい!」
それはきっと現実に起きているニーノの慟哭なのだと私は思いつつ、そのまま睡魔に身を任せた。