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6月の夢路
まばゆい光の向こうから、微かな風が吹いた。
その風は懐かしく、どこか甘く、6人の胸にかすかな痛みを残す。
足元が確かになり、空気に重さが戻ってくると、そこには――
静かな朝の部屋が広がっていた。
白い壁、木の床、淡く差し込む朝の光。
小さなテーブルと、椅子がふたつ。
空っぽのカップが一つだけ、机の上に置かれていた。
まるで、誰かがほんの数分前までここにいたかのような、そんな気配。
「ここ……」
broooockが、言葉にならない声を漏らす。
長い手足をやや縮こまらせるようにして、そっと一歩を踏み出した。
他の5人も無言のまま、その空間に入り込む。
nakamuは窓辺に立ち、外の光をぼんやりと見つめていた。
シャークんは本棚に近づくと、背表紙のない本に指を滑らせる。
きんときは、部屋の中央に立ち尽くしたまま、全体を見渡す。
スマイルはカーテンの動きに目を細め、何かを探すように周囲を観察していた。
きりやんだけが、静かに机の上のノートに気づいた。
そのノートは、くたびれた布張りの表紙で、ページの端が少しだけ折れていた。
誰も名前を書いていないそのノートには、見覚えのある6人の名前だけが、何度も何度も出てきた。
今日は、broooockくんがまた背伸びをしてて笑った。
nakamuくんは、甘いパンを半分くれた。
シャークんは、遊んでるときだけすごく声が大きくなる。
きんときくんは、歌が上手いって言ったら照れてた。
スマイルくんの静かさが、今日は安心に感じた。
きりやんくんは、ずっとわたしの話を聞いてくれた。
読み進めるうちに、文字は次第に少なくなっていく。
語尾が丸く、弱くなっていき、言葉はまばらになっていく。
みんなのなかで、わたしだけがうすくなっていく。
でも、だれも悪くない。
きっと、わすれることで、守ってくれたんだと思う。
それでも――
そして、最後のページには、ひとことだけ。
わたしを わすれないで
6人の誰もが、息を詰めた。
誰の記憶にも、このノートを直接読んだ記憶はない。
けれど、そこに綴られた言葉の“感触”だけが、胸の奥に確かに残っていた。
「この部屋……あの子の部屋だったんだ」
broooockが、机に片手をついてうつむく。
その背中を、誰も見ようとはしなかった。
代わりに、全員が目を伏せ、各々の記憶の中に“あの子”の痕跡を探していた。
「名前を、誰も思い出せない。でも……俺たちは、あの子のことを確かに――」
きりやんが言いかけたときだった。
窓の外から、微かな歌声のような風の音が聞こえた。
風の音に混じって、ほんの一瞬、“誰かの笑い声”が通り過ぎたような気がした。
6人とも、一斉に顔を上げる。
だが窓の外には、ただ静かな朝の景色があるだけだった。
「名前がない。でも、存在だけは残ってる」
スマイルが、呟くように言った。
「だから、この部屋も残ってる」
「ここが、“最初の朝”だ」
「俺たちが、その子を“初めて思い出そうとした朝”」
誰も返事をしなかった。
返事をすれば、泣いてしまいそうだった。
それぞれの目に、あの子の姿が、ほんの一瞬だけ見えた気がした。
振り返れば、いつも一歩後ろにいたその子。
誰よりも声が小さく、誰よりも目を合わせるのが下手だった子。
でも、誰よりも――優しかった子。
この朝は、すべての記憶が閉じられた日だった。
けれど今、6人の手でその扉が再び開こうとしている。
光が、静かに部屋を満たしていく。
テーブルの上に、そっと“ひとつの影”が現れた。
それは、まだ完全には思い出せない“その子”の姿。
名前も、声も、顔さえも思い出せないまま。
それでも今度こそ――もう、忘れたりしない。
部屋の奥、白い扉がゆっくりと開いた。
まだ見ぬ“核心”が、彼らを待っている。
つづく
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