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「明日、世界が終わるなんて法螺話」
「ねえ、知ってる?明日、世界が終わるらしいよ」
湊(みなと)がそんなことを突然言い出したのは、秋も深まりつつある午後の公園だった。
大学の講義が終わった帰り道、碧(あおい)は湊とベンチに並んで座り、温かい缶コーヒーを握ったまま空をぼんやり眺めていた。
「……また変なこと言ってる。そういう話、好きだよな」
「だって、もし本当に明日世界が終わるなら、今なにをしたい?」
湊は真顔だった。
碧はため息をつきつつ、その視線の先を追った。遠くには、夕日の色を吸いながらゆっくりと雲が流れていく。
「オレは、結局いつも通りだな。大学来て、湊とこうして公園でコーヒー飲んで。それだけで十分」
「そういうの、案外かっこいいと思うよ。でも、案外、何か一つ“やり残したこと”ってあるんじゃない?」
湊は口元だけで笑う。
法螺話だと分かっている。けれど、もしかしたら世界の終わりは突然で、しかししずかに始まるのかもしれないと思わされる。
***
夜、碧はベッドに横たわりながら、不意に自分の人生について考えていた。
「このままで、やり残したことは本当に無いのか」
アルバイトやサークル、将来の就職――日々を慌ただしく生きていると、深く考える暇もない。
湊と初めて出会った日、緊張しすぎてうまく話せなかったこと。
大学で最初に友達ができたのも、こうして毎日を楽しく過ごせているのも、すべてはあの日の勇気が起点だった。
そして、今こうして湊と一緒にいる「当たり前」の時間が、もし明日で終わるとしたら――。
***
翌日。
特に何も変わらない日常が続いていた。
講義を受け、食堂で昼食をとり、何気ない誰かの笑い声が響いている。
放課後、再び湊と公園で待ち合わせた。
「世界、終わらなかったな」
「でしょう?騙してごめん。まあ、こんなものだよ、人生なんて」
湊はからかうように笑っている。
「でも、昨日ちょっとだけ考えたよ。やりたいこと、あるかなって」
「うん。どうだった?」
碧は缶コーヒーを受け取り、開けながら静かに答えた。
「……もうちょっと、自分の気持ちに素直になりたいかな。やり残しっていうか、言えないことばかり増やしても仕方ないし」
しばし沈黙が流れる。街灯が少しずつ灯り始め、公園は薄いオレンジ色に染まり始める。
湊が意外そうな声を出す。
「たとえば―どんなこと?」
「……好きな音楽の話とか、子どもの頃好きだったこととか、いま将来に迷ってることとか、そういうの。もっと正直でいたいんだと思う」
その言葉に、湊はしばらく考えたあと、うんうんと頷く。
「世界が終わるとか終わらないとか関係なく、オレたちの日々はずっと続いてるからね」
そして、湊はスマートフォンを取り出し、プレイリストを開いて碧に見せた。
「じゃあまずは、オレの好きな曲から聴こうぜ」
二人でイヤホンを分けあい、古いポップソングを流した。
頭を振りながら、まるで不安も迷いも吹き飛びそうな、そんな陽気な歌だった。
***
夜になって、湊からメッセージが届く。
『また明日も、法螺話しようぜ。世界が終わるまで。』
碧は笑いながら返信した。
『うん、また明日も話そう。世界が終わらなくても、終わったとしても。』
***
法螺話のような毎日が、案外、世界で一番大切な現実かもしれない。
そして碧は、明日も湊と同じ景色を見られることを、何よりも大事に思った。