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羊と亀のお遊戯会
515
#名探偵
空蝉 桜
136
おきつね
101
94 ◇告白
「山下さんありがとうございます。
素敵な山下さんから告白してもらってとても素直にうれしいです。
こちらこそずーっとずーっと仲良くしてくださいね。
先のことは娘や息子たちと相談して結論を出したいと思います」
「ほっとしました。あはは」
ほんとにほっとしたような苦笑いのような山下さんの『あはは』だった。
「あっ、ちょっと失礼します」
そう山下さんが私の頭の上に視線を移して言ったものだから私の髪の毛に
何かが付いてしまっているのを取ってくれるの? かなと思い私は頭上を
気にしつつも、目に埃が入るのを防ぐため少し目を閉じた。
けれど私の頭上には何も起こらず気がつくと私の身体は彼の腕の中にいた。
そして耳元では彼の囁きが……。
「ありがとうございます。うれしいです。ほっとしました」
山下は若者でもあるまいしいい年をしてこんな駅の改札口近くで
柱の陰とはいえ、見える者には見えるような場所で、己が愛しい女性を
抱擁する日がこようとは……どれだけ百子のOKがうれしかったのかを
改めて思い知った。
それはほんの短くて緩い抱擁だった。
でも山下にとって今まで生きてきた中でとても貴重で大切な瞬間だった。
「すみません、嬉し過ぎてつい。また連絡します。
今日はお疲れさまでした」
「お疲れさまでした。さよなら」
二人は照れくささに包まれながら日常とかけ離れた恋する者たちだけが
受け取れる甘美な時間を共有しつつ別れの挨拶を交わした。
◇ ◇ ◇ ◇
改札口で彼と別れ、私は幸福感に包まれて電車に飛び乗った。
『きゃあ~すごいっ』
まさか山下さんから告白されるなんて思ってなかった。
っていうか、この先の人生、山下さんとは親しくさせてもらっているから
時々は何か誘ってもらえるのかな、くらいには彼のこと気にしていたけども。
思わず
『私みたいなおばさんでいいの?』
って口から出そうになるのを必死で止めるのに苦労した。
彼が選んでくれたのにそんな愚問失礼だものね。
95 ◇相談
早速その週末を待ち、山下とのことを娘たちに相談した。
前々から編集者の山下とのデートのことは娘や息子たちにはオープンに
話している私は、次の土曜の夜に娘たちに相談という態で改めて山下さんとの
これまでの経緯とそこから先日結婚を意識した告白というものが彼から
あったことを掻い摘んで話した。
そして
『あなたたちの都合に合わせて話を進めていきたいので忌憚のない意見を
聞かせてほしいの』
と百子は娘の茜と息子の淳平2人に意見を求めた。
家族でいろいろ話合った結果、山下が今すぐに結婚したいというふうなのでも
ないようなのと、形式ばった結婚というものにもこだわりがないと聞いているので
百子や子供たちも柔軟に話し合いをすることができた。
息子は大学生になるので家を出る。
娘は後2年下宿先からと自宅通学の大学生活が残っている。
……なので、結果正式に結婚するのは2年後と決まった。
それまでは事実婚で週末一緒に山下の家で過ごす。
2年後娘も家を出て行くのでそれからは新婚さんで仲睦まじく
暮らせばと2人から応援される。
娘と息子の希望はいつでも帰りたい時に自宅に帰れること、そして
帰った折にはゆっくりと寛げる自分の部屋がほしい、ということだった。
子供たちと山下との関係は戸籍上は父親になるが、無理に自分たちの父親に
なってもらう必要もないし実際は母親の恋しい男性という位置づけで
いいのではないかというところに着地した。
百子もそれでいいと思った。
実際娘や息子たちには本当の父親がいるわけだし。
そして自然の流れで親子というよりも身近な人物として仲良くなれれば
それでいいのではないかと思った。
96 ◇人生の二度目の曲がり角
家族で話し合った結果を山下に報告すると『よかった』と喜んでもらえた。
百子は娘や息子に彼の子供になるのだから山下さんと
仲良くしてほしいなんてことは強制したくなかった。
自分は彼のことが好きで一緒になるわけだが、だからといって子供たちも
自分と同じ熱量で彼のことを好きになれるだろうなんていう考えは
おかしいことと分かっているから。
どちらにも適度な距離でいてもらえたらそれでいいと思っている。
これからの山下との関係は自分にとっても伸之との結婚生活とは
180℃違い、友だちのような同士のような関係性を築けるような
気がしている。
娘に孫ができたとして、おじいちゃんだよーっていうのとは少し違って、
よそのおじさんよりは少し親しくそして暖かな眼差しを持つ身近な存在の
おじさんでいてくれればそれでいい。
ふふっ、百子はその日を想像した。
『司おじちゃん』って孫には呼ばそう、そう考えたのだ。
私のことはもちろん『百子ママ』って呼ばすっ。
この頃の百子はそんなふうに考えていた。
ふふふっ。これから恋人同士のような2年を過ごし、その後はちゃんと籍も入れ、れっきとした
夫の存在ができる。
なんて心強いことか。
子供たちが親よりも友だちや恋人に心寄せるようになる時節に、寂しい思いをすることも
なく自分も大切な人と日々を重ねていけるのだ。
なんと幸せなこと。
かつて愛し愛された人との別れがあり『さよなら』と言ったことがあった。
それは随分昔のことのように思える。
振り返れば自分の人生の曲がり角は強烈だったなと思う。
二度目の曲がり角は緩やかで穏やかに迎えることになったけれど、
それでもある意味強烈だと思える。
人生の曲がり角、自分の幸福度、そんなものを考えるとそう思えるのだ。
誰かをまた好きになったり、誰かから愛されるなんて考えもしなかったから。
コメント
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第33話、読み終えたよ〜!大人の恋っていいなあってしみじみ。山下さんの「嬉し過ぎてつい」の抱擁、短いのにすごく温かくてこっちまで照れるわ。百子さんが娘さんたちに相談する場面も、無理に家族になろうとしない距離感が自然で素敵。未来の「司おじちゃん」「百子ママ」にほっこりした。人生の曲がり角を緩やかに迎える幸福感がじわじわ伝わってきて、いい話だなあ。