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『グガアアアアアアアアアッ……!』
「聖女……さま……!?」
地面を割って出てきた無数の光の鎖は、狼の身体を拘束し締め上げた。狼は悲鳴を上げ拘束を解こうと必死に抵抗し暴れる。
私は魔力を注ぎながら、歯を食い縛り何とか耐えた。
ルフレは、私の行動に驚いているようだったが、私はそれどころではなかった。
この技を使えるようになるまで、どれだけの時間と努力を重ねてきたか。あれは、魔法を学び始めてから間もない頃だった。
『光の鎖、ですか?』
『はい。拘束魔法としては一番強力且つ、扱いやすいものなんです。といっても、かなり発動条件が難しく、魔力もごっそり持っていかれるんですけどね』
『拘束魔法……良い響じゃないですか!』
ブライトは、私の言葉を聞いて苦笑いをしていたがその光の鎖とやらについて優しく教えてくれた。
初めは鎖一本を出す、形をイメージし形作るだけで精一杯で維持など到底出来ず拘束と言うより寧ろ、巻きついているような状態だった。
それが、練習する内にある程度形を固定出来、二本三本と鎖の数を増やすことも出来た。けれど、やはり持続時間が短いのがネックだ。
それでも、今この状況では十分すぎるくらいだろう。
徐々に狼の体を覆う光は弱まっていく。
本来であれば、もう少し拘束できるはずなのだが、狼の負のエネルギーが善のエネルギーを吸い取っているのだろうと私は仮説を立てる。
「ルフレ、今のうちに攻撃を!」
「え、あ……うん」
ルフレは戸惑いながらも、弓矢を構え矢に魔力を込めながら狼の目に向かって矢を放った。矢は赤い炎を纏い、狼の目に見事直撃する。すると、狼の動きはさらに激しくなり、ジャラジャラと光の鎖が音を立てる。
二撃目……とルフレが弓矢を構えると、パキンっという音と共に狼を拘束していた鎖が弾け、狼は自由の身となった。
まずい、と思った時にはもう遅かった。
狼は雄叫びを上げると同時に口から黒い霧のようなものを出し、辺り一面を真っ黒に染め上げる。
視界が悪く、何も見えない。
どうしようかと迷っていると、ルフレが遠くで吸っちゃダメだ!と叫んでいるのが聞えた。しかし、そんなことを言われてもと私は思った。既に吸ってしまっているし……と、私が思っていると、急に身体が痺れだしたのだ。ルフレが吸ってはいけないと言ったのは、この霧が毒を含んでいることにいち早く気づいたからだろう。
身体が痺れだし上手く動けなくなっていると、いつの間にか私の目の前には狼の姿があった。
そして、狼は私を喰おうと大きく口を開け飛び掛かってきた。
(え、待って……これ死んだんじゃ……)
死の瞬間とは、全てスローモーションに見えるんだと何故かスッキリしている頭が考える。狼が牙を剥き出しにして迫ってくるのが見えた。
私は死を覚悟した。目を瞑り、せめて痛みが一瞬であるように願う。
しかし、一向に噛まれる気配がない。私は恐る恐る目を開けるとそこには、光の盾を展開し私を庇う双子の姿があった。
「ルクス? ルフレ!?」
「あーまにあって良かった。聖女さまが僕達の領地で死んだーとか言われたら、僕達の今後の人生が真っ暗になっちゃうもん」
「逃げることは出来たけど、逃げずに戦った聖女さまに僕も応えないとね」
そう言って双子は笑った。先程まで命の危機を感じていたとは思えないくらいに余裕そうな表情をしている。
何故こんなにも余裕なのか疑問に思うが今は考えている場合ではないと思い直し、二人を見る。双子は、せーのっと声を合わせ光の盾を前にグッと押し出すと狼を押し倒した。
狼は片目が潰れているため、私達の姿をすぐに見つけられないのかその場でのたうち回る。
その間に私達は狼から距離を取るため、走り出す。黒い霧も少しずつ晴れていき視界がクリアになる。
「ルクス生きてたんだ、良かった……!」
「え~酷いなぁ、聖女さま。勝手に殺さないでよ」
「そうだよ、聖女さま。勝手にルクスを殺さないで!」
逃げながら私は、隣を走る傷と葉っぱにまみれたルクスに話しかけると、ルクスだけでなくルフレまで頬を膨らませて怒っていた。
ごめんと謝るが、ルクスは二人が無事だったなら良いんだよと言ってくれた。
それを聞いて私は、ホッとした。
だって、いくらゲームのキャラクターとは言え、やっぱり自分を庇って死ぬなんてそんなの嫌だ。それが例え推しでなくても。
というか、ルクスはルフレよりも大人びているというか落ち着いているというか。やはり兄としての自覚があるのか、弟を庇おうとする。その姿はとてもカッコよくて、思わず見惚れてしまうほどだった。
ルフレはと言うと、まだ子供らしいところが多くある。でも、いざ戦闘になると誰よりも冷静になり周りをよく見ている。それまでに至る過程は、完全に子供そのものなのだが。
だが、まあ双子だからと言って全てが同じなわけないのだ。双子は二人で一人なんて云うけれど、実際一人一人違う人間で、個として意識があるのだ。
それに、彼らを間近で見て思った。
「何笑ってるの、聖女さま、気持ち悪いよ」
「そうだよ、矢っ張り頭可笑しいんじゃない? 聖女さま」
「ねえ、アンタ達って口を開くたび私への悪口言ってない?」
そんなことないよ、ねー。と二人は顔を見合わせクスクス笑っていた。完全に確信犯。そうやれば許して貰えると思っているのだろうか、無邪気な子供に見えなくはないし、可愛いとは思わないわけじゃないけれど。だけど、今の私の気分は最悪である。
それもこれも全部この双子のせいなんだから! 私がイラついていることに気が付いたのか、ルクスとルフレが申し訳なさそうな顔をする。でもそれは、彼らの演技だと私は一発で見抜いた。だって、この双子もの凄ーく性格が悪いから。
「あ、でぇー、なんで僕が生きてるかって話だったね」
と、ルクスは思い出したかのように笑うと私の方をちらりと見た。快晴の瞳はキラキラと真昼の空に星を散りばめたように美しかった。
ルフレの方は、平静を装っているが何故ルクスが助かったのか聞きたかったようで口を開いたが、それを遮るようにルクスが喋り出した。
「えっとね、飛ばされたときに逃げてきたの。確かに力も早さもあるけど、全く知能がないからさ、あの狼。逃げるのは思った以上に簡単だったんだ」
「へ、へえ」
ルフレは興味津々にルクスの話を聞くが、ルクスのその話は私にとってはあまり嬉しくはないものだった。
何故なら、ルクスが言っていることはつまり、逃げている途中に襲ってきた狼はルクスにとってはただの雑魚だということだ。いや、雑魚ではないのだろうが逃げることはいつでも出来たと言うわけだ。あれだけ心配したのに、と私はルクスを睨んでやる。
でも、ふとルフレの顔を見ると彼は安心したように笑みを浮べ良かったと呟いていた。ルフレのそんな姿を見たら何も言えなかった。
ゲームをしているからこそ何となくこの双子の溝を知っている。
「もうすぐ結界の外に出られるよ!」
と、ルクスの声で現実に引き戻される。
それから少し走ると森の出口が見えてきた。すると、そこには数人の人影があった。
その人たちを見て私は驚く。だって、まだ応援を呼んだわけではないのに、騎士や魔道士と思しき人達が私達の姿を見て早くこっちに来るよう叫んでいるように見えたから。
「矢っ張り早いなあ、この帝国の魔道騎士団の人達は」
「ほんとだねー負の感情を感知してここに来たんだろうね。仕事が早くて助かるや」
そう言いながら、ルクスとルフレは呑気に話す。
しかし、私はそれどころではなかった。何だか嫌な胸騒ぎがするのだ。
(魔道騎士団ってことは、ブライトの……)
そう考え、もう少しで森を出られるぞとなった時、黒い何かが私達の横をもの凄い勢いで通り抜け、そうして森の入り口に立ちふさがった。
『グアアアアァアアアッ!』
それは大きな雄叫びを上げると私達をギロリと見つめた。そして、鋭い牙を見せびらかすように笑う。
そして禍々しい雰囲気を放ち私達の行く手を阻む。
「あとちょっとだったのに……!」
私がそう呟くと、ルクスとルフレも舌打ちをし魔法や弓矢を構える。
(ここを抜けることが出来れば、あの騎士達に助けて貰える―――)
私達はゴクリと喉を鳴らし、何としてでもこの場を抜けきり、結界の外へ出るため走り出した。