テラーノベル
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お粥にはじまり肉や魚、彩り豊かな野菜と果物。朝の食卓に並んだ数々の品は、その人の裕福さを体現しているかのようだ。
満足いくまでそれらの品を食した胡中書令は、自室に戻って身支度を整えていると、使用人の一人が一通の手紙を差し出してきた。
「今朝、旦那様宛に怪しげな手紙が家の前におかれているのを見つけて中身を確認したのですが、お見せした方が宜しいかと思いまして」
「手紙? 何が書かれていたんだ?」
「実際には手紙ではありませんでした。代わりにこちらが」
そう言って紙の中から取りだしたのは、一枚の細長い小ぶりな紙。そこには一般人では読むことの出来ない難解な文字と奇妙な絵柄が書かれていた。
「これは……」
呪符だ。
直感的にそう思った。有り難い札の類ではないと。
「誰が送り付けてきたかは分からんのだな?」
「はい」
ただの嫌がらせで送り付けてきたと考えることも出来る。
実際、胡家に不満を持つ輩が今回のように、呪符を屋敷の塀に貼りつけたり、屋敷の中に火を投げ入れてきたりする事もあったが、もちろんそんな命知らずのゴミは容赦なく見つけ出し処分してやった。
だがしかし、呪符を包んでいたこの紙は……。繊維がきめ細かくサラサラとして、上質な紙であることは瞭然としている。
これ程の紙は庶民には使えない。
「昨晩、屋敷の前を通った怪しい人物がいないか洗い出せ」
「はっ」
大きな権力を握ると、また敵も多くなるもの。
「この儂に喧嘩を売るとはいい度胸をしているじゃないか」
顎髭を撫でながらそう呟いたその日の昼。
朝儀を終えて、自分の使っている執務室へ戻ろうとする途中、自分を呼び止める者がいる。
「胡中書令」
「おお、俊昊ではないか」
成俊昊は妻の弟。昨年皇太子妃に、虎の絵を雲嵐に描かせて送った人物だ。
他愛のない挨拶を交わし終えると、俊昊は秘密の話でもあるのか、周りの様子を伺いながら胡中書令のすぐ側へと寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「今朝、私の屋敷にこのような物が届きまして」
俊昊の懐から取り出されたのは、今朝自分も渡された紙包みと全く同じもの。そして中身も。
「どうやら私の妹のところにも送られていたようで」
顔を顰めながら呪符を見ていると、更に声を掛けてくる者が現れた。
「父上! それから叔父上も御一緒でしたか」
息子の一人が挨拶もそこそこに、懐から一枚の紙を取りだした。ちょうど先程、俊昊がしたように。
「私の屋敷にこんなものが置かれていたのです」
「子涵、お前の所にもか?」
「にも、と言うのはもしかして……」
胡中書令が手に持っていた呪符を見せると、息子ははっと息を飲んだ。
「俊昊の所へ送られてきた物だ。私の所にも同じものがきた」
「これは一体……」
「他にもこの呪符が送られてきた者がいないか調べよう。それからもちろん、犯人もな」
#異世界転移
花月夜れん
2,559
設楽理沙
880
耀聖(ようせい)
269
耀聖(ようせい)
855
その夜、胡中書令はぐしゃりと呪符を握りしめた手で卓を叩いた。
「くそっ」
呪符を送り付けられてきていたのは、皇太子の妃嬪に呪符入りの作品を贈答した者だけだった。皇太子に呪符の事が知られてしまったに違いない。
これ見よがしに一般人ではおよそ手に入れられない紙を使って包んであるのことが、それを証明している。
誰の仕業か分かっているぞと、脅してきているのだろう。
「雲嵐め、ヘマをしたのか?」
顔立ちもよくそこそこの腕前だった雲嵐は、欲深い人間だった。
市井で人気がでて早々に宮中へと召し上げられた雲嵐だったが、所詮はそれなり。国中から集められた優れた画人たちの中では、彼程度の腕前では全く歯が立たなかった。
その事に気が付いた雲嵐が次にしたことは、己の腕を磨くことではない。いかにして人に取り入り上を目指せるか、だ。
雲嵐は元々良家の生まれであったが、勉学の出来はあまり芳しくなかったらしい。文官になるにしても自分の先は見えていると悟った雲嵐は、人より得意だった書画を世に出した。
すると彼の見た目の良さと相まって、若く見目麗しい画人が誕生したと、瞬く間に人気が出たのだ。
だがしかし雲嵐は、自分の作品に愛着というものをさほど持ち合わせていなかった。
『こうやって描けば、上手く見える。ただその積み重ねですよ』
巧みな技法を駆使して描かれた雲嵐の絵に、『想い』が乗せられていないことに画院の画人は元より、皇帝も気付いていた。
皇帝は一度、雲嵐の絵を見た際『あの者の絵はつまらぬ』と言ったきりで、その後は雲嵐の作品に目を向けることは無くなってしまった。
そんな雲嵐が画院で駆け上っていけたのはひとえに、胡中書令の力によるものだ。
彼の絵に対する冷めた感覚と野望とを見抜いた胡中書令は、ある日彼に相談を持ちかけた。
『この札を皇太子妃へ贈る作品の中へ仕込め。そうすれば揺るぎない地位を手に入れられるぞ』
話を持ちかけると、雲嵐はたじろぐ事もなく笑って言った。
『僕の作品を無味乾燥と笑うあの年寄りどもに、一泡吹かせられるという訳ですね。それは面白い』
自分の作品が利用されることに頓着することもなく、あっさりと提案を受け入れた雲嵐を見て、これは使えるとほくそ笑んだものだ。
後継者争いで血なまぐさい歴史が繰り返されてきたことで、皇族同士の争いを民衆はひどく嫌っている。孫の志勇が帝位につき、自分も帝祖として万民から崇められる為には、なるべく穏便にことを進めなければならない。
暗殺や毒殺は今も横行しているが、それではリスクが高すぎると言うもの。万が一を考えれば、直接手をかけることなく帝位を奪うのが理想的だ。
そうして孫に玉座についてもらった後で、邪魔者は二度と手を出して来れない程に遠くへと排除してしまえばいい。
殺すのは最後の手段だ。
ゆっくりと、確実に。
皇帝の祖父としての未来が近付きつつあったのに、ここに来て呪符の存在に気付かれてしまうとは。
雲嵐から相談はまだなく、またひっそりと彼を監視している女官から特段の報告もないことから、恐らく皇太子にバレてしまったことに気付いていないのだろう。
となると……。
「おい、居るか」
「はっ」
短い返事と共にどこからともなく現れた小柄な男に、胡中書令は続けて話しかけた。
「消しておけ」
いつどこでと詳細を話す胡中書令に、男は小さく頷きかえしている。
そう焦ることはない。
帝に堂々と直訴せずにいることを鑑みると、確実なものは手に入れられていないのだろう。
ならば先手を打つのみ。
最後に釘を刺すように付け加えると、男はこれにも短く返事をした。
「もちろん、証拠は一切残すなよ」
「御意」
コメント
1件
第29話、読み終えました。呪符を包んでいた紙の質の描写が効いてますね。「庶民には使えない上質な紙」という一文で、送り主がただ者じゃないと一瞬で分かる仕掛けは見事です。雲嵐の「作品に想いを乗せない」冷めた職人気質も好きなキャラ造形でした。ここからどう動くのか、次の話が待ち遠しいです。