初めて乗る車に、運転席でハンドルを握り、アクセルに足を伸ばしてみて操作感を調整していると、助手席に蓮水さんが乗り込んで来た。
「あの、後ろには乗られないのでしょうか?」
やや不思議にも思って、端正な横顔を見やった。
「ああ、後部座席から口を出すような真似は、偉ぶっているようで私はあまり好きではないんだ」
そう言うと、
「だが、もし君が困るようなら、後ろへ座るが」
手にしたシートベルトをすぐには締めずに、私の顔を窺った。
「い、いえ……、そんなことは……」
と、下を向いて首を振る。
じっと見つめられると、つい照れてしまいそうで、さっき華さんが言っていた天然の人たらしって、もしかしたらこういうことなのかもと感じた。
エンジンをかけ、車庫から車を出すと、
「君には、急に運転手を頼んですまないようにも感じていたんだが、運転がずいぶんとスムーズなんだな。車は割りと乗り慣れているんだろうか?」
助手席の蓮水さんに、ふと尋ねられた。
「はい、地元では車には結構乗っていた方でしたから」
前方の道をフロントガラス越しに眺めつつ、頷いて応えると、
「……地元で?」
と、問い返されて、ついよけいなことを口走ったのかもしれないとにわかに思う。
「……長野です。向こうでは、よく車で走っていましたので」
女だてらに実は峠のカーブを走ったりするのが好きだったなんてことは、できれば秘密にしておきたくて、既に入力済みの会社の住所をナビでチェックしながら、受け流してもらえればという気持ちで淡々と喋った。
「……長野か。そこで車をだいぶ乗り込んでいたんだろうか?」
なるべくなら話はそこで終わりにしておきたかったのだけれど、そう突っ込んで訊かれてしまった。
「……いえ、山道をたまにドライブをしていたぐらいでして、そんなには、乗り込んでいたというほどでも……」
しどろもどろで応えて、小さく笑ってごまかすのに、
「……山道をドライブ?」
どうやら興味を持たれてしまったらしく、さらに深く突っ込まれる羽目になった──。