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「もしかして犬猿の仲だった、とか?」

「ううん。わたしが彼女に一方的に嫌われていたというか……」


律さんはもっと詳しい話を聞きたそうだったけれど、わたしはそれ以上のことは言わなかった。


でも……

まさか、また、彼女との接点ができるなんて。


玲伊さんのおかげで、やっとあのころのことを忘れることができそうだと思っていたのに。


まだ、ぜんぜん立ち直れていないんだ、と気づいて、そのことにも愕然とした。



***


その翌日の夜、食事の最中に玲伊さんがかけた言葉は、わたしを驚かせた。


「もしかして、今のシンデレラ・プロジェクトのモデル、優紀が会社をやめた原因?」

「えっ? なんで、そんなこと」


彼は真っすぐわたしの目を見つめてきた。

なぜかいたたまれなくなって、わたしは目を逸らした。


彼は小さくため息をついて、そして言った。

「岩崎に聞いた。名前を聞いたとたん、優紀の様子がおかしくなったって」


玲伊さんは視線を逸らさない。

その強い眼差しに負けて、わたしはこくっと頷いた。


「やっぱりそうか。さもありなん、だけどね。あの子なら」


彼は少し目をすがめ、なにかを企んでいるような顔で笑った。

「しかし『とんで火にいる夏の虫』って言うのは、まさにこのことだな」


「えっ?」

「いや、こっちのこと。そうだ、優紀、今夜からまた髪のケアを始めたいんだけど」

「どうして? もう必要ないんじゃ……」


彼はわたしのそばに寄ってきて、髪を手に取って、手触りを確かめた。


「良かった。まだそれほど傷んでいないな。いや、ちょっと考えてることがあって。髪のケアだけでなく、また少しの間、運動や食事も頑張ってほしいんだけど」


「ずっと?」

「とりあえず、一周年記念の日までだから、ひと月ちょっとぐらいかな」


「それって、わたしも出席するってこと?」

「そうだよ。優紀は俺のパートナーなんだから、当たり前じゃないか?」

「でも……」


当日は〈シンデレラ・プロジェクト〉のモデルとして、桜庭さんも出席するはず。

そう思うと、とたんに心が怖気づいてしまう。


あのころ、わたしを嘲笑していた彼女や取り巻きの顔が脳裏にはっきりと浮かんでくる。


彼女に会ったら、一気に時が逆戻りしてしまいそう。


「でもわたし……桜庭さんに会いたくない」

そう言って、下を向いた。


玲伊さんは、髪に絡めていた指を外すと、座っているわたしを椅子ごと抱きしめ、後ろから顔を寄せてきた。

そして、穏やかな声音で話を続けた。


「怖がらないでいい。優紀には俺がついているだろう」

「でも……」

「いや、会うべきだと思うよ。そうしないと、あのころの優紀から、本当の意味で卒業できないよ」


卒業……か。


玲伊さんが腕に一層の力をこめる。


「俺に任せてくれないか」


うなじに口づける彼の唇に身を震わせながら、でも不思議な安心感に心が満たされてゆく。


そうだ、あのころのわたしには玲伊さんはいなかった。

彼さえいてくれれば、そして彼を信じていれば、何も怖いことなんてない。


わたしは、やりますと言って、頷いた。


「実は最近、自分でも体が鈍ってるなって思ってたところなので、ちょうどいいかも」


玲伊さんは笑った。

吐息が首筋にかかり、思わず身を縮こませる。


「前の優紀だったら考えられない発言だな」

「あ、ほんとだ」


玲伊さんはわたしから離れると、パンとひとつ手を叩いた。


「そうと決まれば、さっそくトリートメントだ。さ、早く片付けてしまおう」

彼は食器を手に取ると、シンクに向かった。


「俺が洗うから、優紀はそこらへんのもの、片づけてくれる?」

「はーい」


実は、一緒に夕飯を取れるのは結構レアで、こうして並んで片づけものをするのも、なんだか嬉しい。


「施術はサロンで?」

「いや、サロンに行くまでもない。こっちで施術しよう」

「洗面所で? でも、洗い流せないんじゃない?」


玲伊さんは蛇口を閉め、濡れた手をタオルでぬぐうと、わたしを後ろから抱きしめて、言った。

「洗面所じゃなくて、風呂」

「えっ? お風呂で?」

「ああ。優紀、誘ってもなかなか一緒に入ってくれないし」


かあっと頬に血が上る。

玲伊さんはうなじに口づけながら「嫌?」と聞いてくる。


わたしは小さく、首を横に振った。



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