周囲の怪訝そうな反応に、どう説明したものかと考える。ピアノや彼の作曲のことは話してもいいものなのだろうか。
えっと、と言葉に詰まっていると、藤澤さんが口を開く。
「この間、たまたま機会があって、ピアノ室に一緒に行ったんだ。その時に僕のノートを見せたんだよね」
周りの目線に、俺がこくりと頷く。何となく察してくれているのか、俺も一緒に弾いたことは触れずにいてくれる。
「でもすごいな、あの少しを聴いただけで分かるの?」
「あ……、なんていうか、音の作り方って結構その人の癖があると思うんですけど、こないだ藤澤さんに聴かせてもらったのと、今日のこの曲だとそれが違うなって。でもてっきり、藤澤さんが作曲を担当しているんだと思ってたのでそれで驚いちゃって……」
「そうだったのか~。うちのバンドは作詞も作曲も全部クロダが担当してたんだよ。彼、本当にすごくってね」
嬉しそうに笑う藤澤さんに、なぜか胸の奥がちくりと痛む。周囲も、俺の説明に驚きつつも納得したと同時に、話題は「留学中のクロダ」のことに移っていった。
周りの評価を総合すれば、彼は俗にいう「天才」というやつのようだった。高校生まで楽器未経験だったという彼は、なぜか加入したこの軽音サークルでめきめきと頭角を現し、毎年10月に開催する新入生バンドのみが出演するライブで場の話題をかっさらった。先ほどの水野さんがベースで、今日ここにはいないがミチシタさんという人がドラムの担当。2人は経験者だが、キーボードの藤澤さんとギターボーカルのクロダさんが初心者だったこともあり、もともとは注目されていなかったという。それがライブ当日、演奏の技術力はもちろん、オリジナル曲の完成度の高さも素人の域を超えていたと先輩らは口々に熱弁してくれた。合同ライブでも学祭でも彼らの人気は凄まじかったという。特に去年の学祭でサークル外のファンも一気に増え、身内しか参加しないようなサークルライブにもファンがチケットを求めたというほどだから相当だろう。それが急に今年度、クロダさんの留学で活動休止、実質の解散だというから周囲も驚きと落胆を隠せなかったという。
「他のメンバーも実力者だから、新しく組んでもいいのに頑なに組まないしね~」
あたし、いったい何度涼ちゃんに振られたかな~と女の先輩が拗ねたように下唇をツンと前に突き出した。藤澤さんは苦笑して
「だって僕もう3年生だしな~」
「何言ってんの!今年の学祭あるじゃん!」
「諦めろよ」
水野さんが藤澤さんの方に腕を乗せながら言う。
「こいつはクロに操(みさお)立ててんの。クロの曲じゃなきゃ演りたくないって」
「ちがうよ!そんなこと言ってないでしょ~、変に思われちゃうじゃん」
怒ったように軽く水野さんの頭を小突いて、藤澤さんはその女の先輩に向き直る。
「合同ライブとかは無理だけど、学祭ならほんと、誘ってもらえるならサポートとして出れるから言ってね」
え~!そしたらもう予約!と大きく手を上げた彼女に、他の先輩らも、ずるい、うちにも、と押し寄せる。困ったように笑う藤澤さんに、水野さんは呆れたようにため息をついた。その様子を見ていた俺に、水野さんが苦笑いしながら声をかけてくれる。
「ごめんな、急にこんな内輪ノリ、引くよな」
いえ、全然、と勢いよく首を振る。
「皆さん仲良くて、羨ましいです」
そう返すと、水野さんは少し躊躇うようなそぶりを見せてから
「俺らのバンドもめちゃくちゃ仲いい方だったんだけどさ、涼ちゃんとクロは特に仲良くって。いつも一緒にいるからサークルの連中にもからかわれてたくらい。だから今年の2月に入ってから急に4月から留学行くってクロから聞かされて、一番動揺してたのは涼ちゃんだと思うんだ。周りに気遣わせまいと思ってんのかずっと笑ってたけど。でも空元気って分かるんだよなぁ、こっちもなんて声かけたらいいかわかんなくって。それが、一昨日かな?講義で会った時に面白い子に出会ったって話してくれて、それ大森君だろ?」
一昨日なら俺たちがセッションをした翌日だ。多分……?と頷くと
「すげぇ嬉しそうだった。俺が言うことじゃないかもだけどありがとな、って言いたくて」
とんでもないです、とまたすごい勢いで首を振る。むしろ元気どころか踏み出す勇気をもらったのは自分の方なのだが、それは言わなくてもいいかと心に押しとどめた。
「涼ちゃんのピアノ聴いてどうだった?」
急な質問に、あ、え、と言葉に詰まる。
「素敵でした。いやでも、そのひとことじゃ表せなくって。なんていうんだろう、音があったかいんです。すごく音楽が好きなんだなってのが伝わってくるし、「好き」って一口に言ってもいろいろな「好き」があると思うんですけど、激しく渇望したり切なく追い求めるようなものともまた違って、ただあたたかく、寄り添うように音を愛してる。音もそれに寄り添ってくるような、そんな演奏で」
そこまで一気に口にしてから、はっとして水野さんの方を見る。しまった、熱が入りすぎた。水野さんは複雑そうな表情でこちらを見ていた。
「あの、すいませ……」
「え?あ、いや、なんというか、びっくりしただけ」
「え?」
「クロと全く同じこと言うんだな、と思って」
水野さんは気まずそうに目線を逸らして、ごめん忘れて、と踵を返したが、俺はしばらく彼の背から目を離せなかった。
コメント
10件
ゼロイチでこのお話作ってるのは凄すぎる‥。天才だ‥
クロダさん凄すぎる これからどうなるのか気になります(˶' ᵕ ' ˶)
やばぁい✨✨