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「お前の知っているセリオは、もう死んだ」
その言葉は、レティシアの胸に突き刺さる。
「……そんなはずは、ない……」
呆然と呟く彼女の青い瞳に、セリオの姿が映る。
確かに、目の前の男はセリオだ。黒髪の短髪も、鋭くも優しい青い目も変わらない。
だが、彼の雰囲気は——かつて彼女が知っていた騎士とは、まるで違っていた。
「どうして……」
レティシアは拳を握りしめる。
「どうして、あなたが魔族の側にいるのですか!? あなたは、人間を守るために戦っていたはずでしょう!」
「……」
セリオは何も言わない。ただ、その瞳にわずかな影を宿したまま、レティシアを見つめている。
「私たちは信じていたのです……! あなたが、いつか魔族を討ち、平和をもたらしてくれると……!」
彼女の叫びに、セリオは静かに息を吐いた。
「……レティシア、お前はまだ何も知らないんだな」
「何も……?」
「そうだ。俺が戦っていたのは、人間のためじゃない。守るべきものを守るために剣を振るっただけだ」
彼の言葉に、レティシアは目を見開く。
「そんな……あなたは、英雄だったはずでしょう!? 人々の希望だったはずでしょう!?」
「希望、か……」
セリオは苦笑する。
「俺はただの一騎士だった。世界を救うつもりも、英雄になるつもりもなかった。戦いの果てに待っていたのは……死だけだった」
「それでも!」
レティシアは食い下がる。
「それでも、あなたは生きているじゃないですか! どうして、また戦おうとしないのですか!」
セリオの瞳が、わずかに細められた。
彼はゆっくりと、レティシアの前に歩み寄る。
「……レティシア。お前は、俺に何を望んでいる?」
「それは……」
「人間のために戦え、と?」
セリオの静かな問いかけに、レティシアは言葉を詰まらせる。
「……俺は、もう人間じゃない」
その一言が、レティシアの心を打つ。
「な……に?」
「俺は、一度死んだ。そして、今の俺は——」
セリオが手を上げると、その指先から微かな霧のようなものが立ち昇る。
それは、人間のものではない。生者の証である体温すら感じさせない、冷たく、静かな死の気配。
「……アンデッド、なのですか?」
震える声で問いかけるレティシアに、セリオは静かに頷いた。
「そうだ。俺は、リゼリアによって蘇った。もはや、人間として生きることはできない」
「そんな……!」
レティシアの顔が絶望に歪む。
彼女の信じていた英雄は、もう人間ですらなかったのか。
「俺はもう、お前たちと同じ世界には戻れない」
セリオの青い瞳が、静かにレティシアを見つめる。
「お前がどれほど俺を信じていようと、俺はお前の知るセリオじゃない。それでも、まだ俺に“正義”を求めるか?」
「それは……」
レティシアの喉が詰まる。
目の前のセリオは、確かに“変わってしまった”のかもしれない。
だが、それでも——
「……あなたがどれほど変わろうと、私はあなたを諦めません」
震える拳を握りしめ、レティシアははっきりと宣言する。
「あなたは……私の英雄です。私を救ってくれた、大切な人です!」
セリオの目がわずかに揺れる。
レティシアは、まだ彼を諦めてはいない。
だが——
「……お前がそう思うのは自由だ」
静かにそう告げ、セリオは踵を返した。
「少し、休め。無理に動くな」
そう言い残し、セリオは部屋を出て行く。
レティシアは、その背中を見つめながら、胸を押さえた。
(セリオ様……)
彼は、本当に変わってしまったのか。
それとも、まだあのころの彼が、どこかに残っているのか——。
答えを求めるように、レティシアはアイスブルーの瞳を閉じた。