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「いやだから、カリカリは食べない」
と言う泰親に職場でもらったカラフルなキャンディーをお供えして、のどかたちは夕食を食べに外に出た。
「あれでいいのか」
と訊いてくる貴弘に、
「本当に食べるわけじゃないみたいなので。
最近、気づいたんですが。
泰親さん、色鮮やかなものや、可愛いものが好きみたいなんです」
閉ざされた廃屋みたいなところにずっと居たからかなとのどかは思う。
「そうか。
じゃあ、ケーキでも買って帰ってやるか」
と言う貴弘に、はい、と笑って頷いた。
今日は近くのファミレスで晩ごはんだ。
並んで夜道を歩きながら、
「いや~歩いていけるところにお店があるのっていいですよね~」
と言うと、
「この辺りはいろんな店があるからな」
と貴弘が言う。
のどかの家の辺りは、静かな住宅街だが。
ちょっと歩けば、すぐ街だ。
「奇跡の配置ですよね。
何処でも呑んで帰れるのが最高です」
と頷くのどかに、貴弘が言ってきた。
「お前は呑めれば何処でも最高だろうが」
「そうですねー。
あと、チョコ系のケーキ食べたときと、アイスカフェオレを飲んだときは、人類が生まれてきてよかったと思いますね」
「……話が壮大になってきたな」
「それくらい、物を食べたり飲んだりする行為は、人を幸せにするということですよ」
「じゃあ、そう言って、店の入り口にでも貼っておけ。
なにかの宗教団体かと思われて、誰も入ってこないから」
いや、それ、駄目じゃないですか、と笑って気づく、貴弘がこちらを見て、珍しくやさしげに微笑んでいることに。
だが、
「なんですか?」
と訊いても、
「……別に」
と言って目をそらしてしまう。
「……そういえば、ファミレスでよかったのか?」
「今日はファミレスの気分なんですよ。
気軽に入れるし。
ファミレスでも、これはっ、てメニューのあるとこありますしね。
お酒呑んでも安いし」
と笑うと、貴弘は、ふうん、と言ったあとで、
「ところで、ファミレスに一緒に行くということは、俺たちはファミリーなのか?」
と訊いてきた。
……それは、ジョークなのですか? 社長。
なんだか笑ってないですが。
この人の表情、中原さんや綾太とは違う意味で読み取れないっ、と思いながら、のどかは自ら、はは、と笑ってみせ、
「友だちとも行きますけどね、ファミレス」
と付け加えてみた。
すると、
「じゃあ、俺たちは友だちなのか」
と貴弘はまた突っ込んで訊いてくる。
「い、いやいや、社長とお友だちとか恐れ多いですよ」
しかも、よその会社の社長ですよっ、と思ったとき、それが目に入った。
「じゃあ……」
と貴弘はまた、なにか言いかけたようだったが、その瞬間にはもう、のどかは道端の草を指差し、叫んでしまっていた。
「あっ、社長っ。
オランダミミナグサですっ」
道の脇に、小さな白い花をつけた背の高い草が密集して生えている。
全体の大きさのわりに葉や花が小さいのが、なんとも言えず、愛らしい。
しかも、葉がふかふかだ。
葉に厚みがあり、ふわふわした細い毛がたくさん生えているので、触ると気持ちがいいのだ。
「この草、本に、耳たぶみたいな触り心地って書いてありましたけど、ほんとですね~」
とのどかはオランダミミナグサの側にしゃがんで、葉に触る。
すると、ふーん、と言った貴弘は腰を屈めて、無表情に葉をつかんだあとで、のどかの耳に触れてくる。
貴弘は、のどかの耳たぶをぷにぷにしたあとで、
「……なるほど」
と宇宙の深淵を探求している科学者のような顔で深く頷き、
「行くぞ」
と起き上がる。
「へ?
は……、はい」
と返事をし、よろっと、のどかは立ち上がった。
なんでしょう。
ちょっと耳を触られただけなのに、かつてないくらい、ドキドキしてしまいましたよ。
この人が無表情でなに考えてんのかわかんなくて、得体が知れなかったからですかね~?
と思いながらものどかは平静を装い、貴弘に話を合わせながら、夜道を歩く。
「この草、本に、耳たぶみたいな触り心地って書いてありましたけど、ほんとですね~」
とのどかが言ったとき、貴弘は、
これは俺に自分の耳も触ってみろと誘っているのだろうか、と一瞬、思った。
だが、のどかがそんなことを思うはずはない。
それはおそらく、自分の願望だ。
だが、一度そう思ったら、もう、のとがの柔らかそうな耳を触りたくてたまらなくなる。
実に気持ちのよさそうな耳だ。
泰親のふさふさの猫耳よりもある意味。
ぷっくりしてて。
うっすらピンクで。
すべすべな触り心地で、ちょっと湿っ……
ているのは、猫の鼻か。
妄想がおかしなところに行きそうになったので、冷静になってみる。
心を無にするんだ。
のどかは今、オランダミミナグサの側にしゃがんで、その葉に触っている。
心を宇宙の深淵まで持っていきながら、葉をつかんだあとで、その近くにあったのどかの可愛らしい耳に触れてみた。
まるでなにかの実験でもあるかのような顔つきで――。
心を無にして、淡々とぷにぷにしてみる。
「……なるほど」
と深く頷いて見せた。
のどかは固まっているようだ。
平静を装い、
「行くぞ」
と言うと、のどかは間の抜けた声で、
「へ?
は……、はい」
と返事をしてきた。
貴弘は、のどかの少し先を歩きながら、
よし、上手くやれたはずだ、と思う。
信也がこの場に居て、見聞きしていたら、
「いや、どの辺がだ……」
と言ってきそうだったが――。
その頃、綾太はとあるチェーン店のファミレスに、そこのオーナーとともに居た。
「はは、ほんとですね」
と笑いながら、オーナーに相槌を打ったとき、笑顔で入ってくるカップルが見えた。
うっ、のどかと成瀬社長っ。
結婚したというのは本当だったのかっ。
家族で来るファミレスに来るくらいだからなっ。
とさすがは幼なじみ、のどかと同じ発想で思う。
「いや、あんた仕事で来てるだろうが」
と貴弘が聞いていたら、突っ込んできそうだったが。
「海崎社長、もうこれでお仕事終わりなんでしょう?
ビールなんてどうですか」
「あ、ありがとうございます」
「つまみも用意させましょうね。
実はうちにも高いメニューってあるんです~」
と人のよさそうなオーナーが笑顔で言ってくる。
はあ、と話を合わせながら、綾太は、チラチラと二人の様子を窺った。
楽しそうだ、のどか。
俺と居るときよりも……。
……って、お前、なに成瀬社長にクーポン渡してんだ。
成瀬社長が、クーポンなんて使うわけないだろ。
あ、使った。
ファミリーだからか……。
ファミレスのファミリーは大抵クーポン使うもんな。
「社長?
海崎社長?」
と呼びかけられて、ハッとする。
「いや、素敵なお店ですよね。
インテリアも洒落てるし、清潔だし。
従業員の方もみんな愛想がいいし。
職場環境がよくて、教育もよくできてるんでしょうね」
と思ってることをなんとなくそのまま言って、
「えっ、ありがとうございますっ」
と喜んだオーナーに、ビール3杯もおごってもらってしまった。