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川沿いの堤防に追い詰められた真希は晴馬を胸に抱きしめ、冷たい風に髪をなびかせながら立っていた、片手には俊太の家から持ち出した包丁が夕日に光る
晴馬はこんなに周りが騒いでいるのに、お腹がいっぱいなのでぐっすり眠っている
夕暮れの川面が赤く染まり、遠くでサイレンの音が響く、ヘリコプターのローター音が頭上で唸り、サーチライトが彼女の影を鋭く切り取る、数メートル後ろでは、晴美と康夫が息を切らし、警察官達がじりじりと包囲網を狭めてくる
真希の目は鋭く、しかしどこか悲しげに二人を見つめていた
「真希ちゃん!あなたが子供を産めない辛さは理解できるわ、でも女が一番辛いのは何か教えてあげましょうか? 子供を産んだのにその子を盗まれた事よっっ!」
晴美の声は震え、涙と怒りが混じった叫びが川面に響き渡る、テレビカメラは怒鳴り合っている二人をしっかり捉えている、真希は一瞬唇を噛んだが、すぐに冷笑を浮かべた
「へぇ? いらない子なのに?」
ギクッと晴美の体が震え、膝がガクンと折れそうになる、動揺が走り、言葉が喉に詰まった
「お前は何を言ってるんだ! いらない子なわけないだろう! その子を返せ!」
康夫が隣で吠えるように叫んだ、額に汗が滲んで拳を握りしめる、康夫の目は怒りに燃えている。だが、真希は冷ややかな目で康夫を睨みつけて声を張り上げた
「康夫!あたしにそんな口を効いてもいいの? 晴美ちゃん! この男はあなたが帝王切開の傷口が痛んで実家でうんうん唸っている時に、あの家で女を連れ込んでたわ! あたし見たんだから!」
「なっ!何を言うんだっ!」
康夫の声が上ずり、顔がみるみる赤くなる、だが真希は怯まずに一歩踏み出し、声をさらに尖らせた
「百武桃花! 康夫のテレビ局の7歳年下の受付嬢よ! 康夫の不倫相手よ!」
「やめろ!!」
康夫が叫んで声を張り上げて真希の言葉をかき消そうとする
「怒鳴れば自分のした事が消えるとでも思ってるの? 桃花は晴美ちゃんの半分ぐらいのスリムな娘! 乳首もピンク色! ピッチピチ! あたしが窓から見てるのも気づかずに、抜かずの何発とやらをやってたわよ! 晴美ちゃんの家で! あのリビングで!! バックで桃花をその男は突きまくってたわ! 犬みたいに!」
「いいかげんにしろっ!」
今や康夫の顔は髪の生え際まで真っ赤になり、耳も喉元も赤く染まっている、額から汗が噴き出して握りこぶしが小刻みに震え、まるで今にも真希に飛びかかりそうな勢いだった
晴美は康夫を呆然と見つめ、頭の中で真希の言葉が反響する
何? ・・・真希ちゃんはいったい何を言ってるの? 妄想?
だが、数メートル先でテレビ局のクルーが巨大なマイクを掲げ、真希の暴露を録音しているのが目に入った。レンズの冷たい光が晴美達を捉え、生放送で全国に晒されている現実が突き刺さる、晴美はよろめきながら康夫に縋りつき、震える声で囁いた
「ね・・・ねぇ・・・嘘よね? 真希ちゃんの言ってる事・・・嘘でしょう? 」
「 事実です 」
ハッと二人が振り返ると、細川捜査官が息を切らせ、胸を押さえながら立っていた、全力疾走の疲れが顔に滲むが、彼女の目は鋭く、真希と康夫を交互に見据える
「お二人の家の洗面所から、ご家族以外の指紋が出てきました、鑑識の結果『百武桃花』のモノと一致しました。今、彼女はこの事件の重要参考人として本部に昨夜から拘束されています」
「な・・・なんですって?」
晴美の声が震える、康夫は硬直したまま信じられない思いで細川捜査官を見つめる
真希ちゃんの言ってる事が本当なの? 晴美は頭が真っ白になり、足元がぐらつく、細川捜査官は淡々と続けた
「今、彼女は容疑者の伊藤真希と最も共謀の疑いがある人物として事情聴取を受けています、彼女は『自分は絶対にやっていない』と証言しています、ご主人との関係も『本当は嫌だったけど断れなかった、セクハラを受けていた』と言っています、これでご主人は別件でセクハラの容疑にかけられたことになります、彼女の証言が事実無根なら弁護士を立てられた方がよろしいかと・・・」
康夫の体がハッと硬直し、赤いと思っていた顔は今や血の気が引いて真っ青で、目がしきりに泳いでいる、細川捜査官はフンッと鼻を鳴らして軽い嘲りを込めて言った
「連行されてからずっと彼女留置所で泣いていますよ、めそめそ本当にうるさいったら・・・あっ、失礼」
康夫は今や土気色の顔で視線を地面に落として動かなくなった、ふと、晴美は自分達に向けられたテレビカメラに気づいて背筋に冷や汗が走った
この生放送を全国の人間が見ている・・・
晴美は思った、自分は良い笑いものだ、私はもう子供を誘拐れた可哀想な母親じゃない国中の笑いものだ