「結仁は大丈夫?」
「ママさんと朱里が見てくれてます」
「それなら安心だな」
「はい」
TOKIWAスイミングスクール。
今の時間はもう誰もいない。
夜の静まり返ったプールサイド。
そこに小さく響く素足で歩く音。
「座って」
「ありがとうございます。あの、大丈夫なんですか? こんな夜に、しかも洋服のままプールサイドに……」
「構わない。ここは明日からプール内の点検作業で3日間休業予定だから」
「そうだったんですか……」
理仁さんからの誘いに素直に応じ、今、ここにいる自分。2人きりなのに、気持ちはなぜかとても落ち着いている。
「悪かった、疲れているのに」
「理仁さんこそ。私は……大丈夫です」
「なら良かった。正直、君が来てくれてホッとしてる」
「そんな……。本当にごめんなさい。私1人で結仁を守るなんて偉そうに言っておきながら、結局……」
「謝らなくていい。結仁を守れなかったのは俺だから」
「そんなことありません! 悪いのは私です」
その時、理仁さんは、私の手を引いて立ち上がった。
「おいで」
ワイシャツにネクタイ、スラックスのままプールの中に入り、プールサイドの私に両手を差し出す理仁さん。そこに吸い込まれるように体を預ける私。
ゆっくりとプールに体が浸かり、気づけば理仁さんの胸に顔をうずめてた。
「あの……」
現実とはかけ離れた行動に驚きながらも、この不思議な状況を拒否しようとは思わなかった。
「少しだけ、このまま」
心地よい温水プールの水面がゆらゆらと優しく揺れている。真っ暗なプール内で、うっすら光るオレンジ色のライトに照らされている光景が、キラキラして何とも言えず幻想的だった。
白いブラウスと黒のマーメイドスカート。
もちろん、洋服のまま水の中に入るなんて初めてだった。
「双葉……」
2人の体がピッタリとくっつき、その時、私にはハッキリとわかった。
激しく脈打つ理仁さんの心臓の鼓動が。
「聞いてほしい。俺の気持ち」
その言葉に答えるように、少し離れた瞬間、理仁さんの胸のあたりについた筋肉が、私の目の前に現れた。
すっかり濡れてしまったワイシャツから覗く、美しく割れた腹筋が、あまりにもセクシーで直視できない。
そして気づいた。
私も同じように、薄いピンクのブラウスが体に張り付いていることに――
その奥に存在する下着を、理仁さんは見ているのだろうか?
そう思うと、急に恥ずかしくなった。
「俺、今回のことで思い知った。双葉と結仁を失う怖さを」
「理仁さん……」
「今まで、自分には父親という自覚があるようで無かったのかも知れない。父親になる覚悟が足らなかったんだ。でも、今なら言える」
美しい瞳に見つめられ、呼吸が止まりそうになる。
「俺は、双葉を愛してる。結婚しよう。2人で支え合って、結仁を守っていきたい」
その甘い言葉に、溢れていた涙がこぼれ落ちた。
「……理仁さん……私……」