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◆◆◆
『すごいだろ。これから圧雪して、滑れるゲレンデにならしていくんだ』
勝手に自分の口が動く。
これは現在じゃなくて、過去の記憶だ。
『隆太君一人で?』
詩乃が驚いて振り返る。
『はは。もちろん』
隆太は笑った。
『すごいね!』
何度も頷きながら見上げる詩乃が可愛くて、隆太はその華奢な肩を組んだ。
『コースさえ頭に入ってて、吹雪でもない限り簡単だよ』
白い息が詩乃にかかる。
彼女はくすぐったそうにふっと笑った。
『隆太君は、道を作っていける人なんだね』
『ええ?』
いささか大げさな表現に思わず口元が綻ぶ。
「これからも―――」
若かった詩乃の姿が、変わっていく。
「―――詩乃……!?」
思わず叫ぶ。
そこには、乾燥した髪の毛を一つに結び、疲れた目尻を垂らした、現代の詩乃が立っていた。
「ーーーこれからも、お願いね……!」
◆◆◆◆◆
目を開けた。
そこには葵に脇腹を刺されて、真っ赤に染まった詩乃が倒れていた。
腕の中で杏奈が泣いている。
周りに座っていた患者たちが、慌てて葵を押さえつける。
ナイフが床を滑っていく。
「―――詩乃……」
隆太は杏奈を抱えたまま、駆け寄った。
「なんでだよ……!詩乃……!」
すぐに駆け付けた看護師と医師によって、ぐったりと力を失った詩乃は、緊急処置室へと運ばれていった。
しかし葵が突き刺したナイフは右の腎臓を貫通しており、ほとんど即死状態だった。
「―――奥様は、重い肺癌を患っていて」
医師は言いにくそうに説明をした。
「ステージ4。症状はだいぶ前から出ていたはずですが、相当我慢していたんだと思います。余命半年と宣告させていただいてました。だから、というわけではないですが、ご主人と娘さんを守ろうとしたんだと思います」
医師の説明は、全く頭に入ってこなかった。
自分の浮気のせいで、
自分の喫煙のせいで、
詩乃は死んだんだと思った。
自分が殺したも同然だ。
そんな俺が、この先生きていけるわけが―――。
「パパ……?」
腕の中の杏奈がこちらを見上げた。
「……チュッ」
持っていたウサギを隆太の頬に押し付けてくる。
「――――!!」
隆太は杏奈を抱きしめ、声を上げて泣いた。
ウサギのぬいぐるみの首元についていた小さな鈴が、リンと揺れた。
◆◆◆◆◆
死神が詩乃に、仙田を生き返らせるかと聞いたとき、彼女は一切迷わなかった。
そしてそのかわりに、どんな形でもいいから彼に会わせてほしいと願った。
最後の再開の場所に、雪山を選んだのは詩乃だった。
2人で行ったデートの中で一番思い出深かった場所。
詩乃はそこで、濁りも曇りもない、真っ白な願いを、仙田に託した。
―――仙田さん。ちゃんと、本能に従えましたね。
アリスは、舞い降りてくる雪を見上げながら目を細めた。
――あなたはそれでいい。全ての思考を投げ出して、身体が勝手に女の子を助けてしまった。そのままのあなたでいいんです。
そして眼を瞑った。
――僕も、あなたと詩乃さんの選択を信じます。
噴水広場は部屋に戻った。
「―――どけっ!!」
尾山が茫然と事の次第を見守っていた花崎を突き飛ばした。
「さて―――」
アリスは涙を拭いながら二人を振り返った。
「明日が最終ゲームです」
その目が紫色に光る。
「どちらが勝っても負けても……恨みっこ無しですよ?」