コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『暁』がダンジョン問題に対処している頃、シェルドハーフェンでは動きが見られた。
『暁』との抗争により組織として弱体化したエルダス・ファミリーを食い物にしようと様々な勢力が暗躍を始め、エルダス・ファミリーはそれに対する対処に追われていた。
しかし一度落ち目となった勢力が再び盛り返すのは至難であり、傘下にあった小勢力の離反はもちろんそれまでの取引相手も露骨に足元を見始めて、エルダス・ファミリーはかつての隆盛が嘘のように落ちぶれていった。
もちろんエルダス・ファミリーとて座して状況を見ているわけではない。あらゆる手段を講じて勢力の建て直しを図っていたが、良くも悪くも武闘派揃いで商才のあったクリューゲを失ったことは大変な痛手となっていた。これまで保有していたシノギの大半を『ターラン商会』に次々と奪われて収益もがた落ち。ゴロツキを雇う金どころか構成員の給金すら苦慮する羽目になった。
エルダス・ファミリーが組織の建て直しに四苦八苦している状況を見て勢力拡大を目論む組織は多数存在するが、それでも本格的に敵対する組織はまだ現れていなかった。資金難とは言え武闘派で鳴らしており、まだまだ構成員も多い彼らと正面から敵対するにはどの組織も規模が足りなかったのだ。
だが、それも半月で状況が変わりつつあった。
~『オータムリゾート』本店執務室~
「ああ?十六番街で殺人だぁ?別に珍しくもないだろ」
机に直接座った『オータムリゾート』支配人リースリットが報告を耳にして率直な感想を述べた。
「確かに殺人なんざ珍しい話でもないが、その手口が問題だ。死んだ奴等はエルダス・ファミリーの構成員。で、全員綺麗に斬り殺されてたんだ」
報告を行っているのは黒髪を短く刈り上げて顔を十字に横切る傷跡を持つ筋肉質の男。『オータムリゾート』副支配人であり、リースリットの腹心ジーベックである。
「綺麗に斬られていた?おいジーベック、そりゃマジな話か?」
「マジな話だよ、ボス。うちの奴等がちゃんと現場を見てる」
「ちっ、参ったな。どうせならあそこをまるごと奪ってしまおうって思ってたのによ」
「ああ、今は手ぇ出さない方がいい。あの快楽主義者が動いてるなら、間違いなく『血塗られた戦旗』が背後にいる」
「だよなぁ。ったく、ハイエナ共が。私らが弱らせた獲物をかっさらうつもりかよ」
『血塗られた戦旗』、それはシェルドハーフェンに存在する大規模組織のひとつであり、十五番街を支配している。
かつてはシェルドハーフェンに存在した冒険者ギルドであったが、暗黒街で揉まれて生き延びるために闇組織化。
元冒険者が多数在籍するエルダス・ファミリーを上回る武闘派集団である。
また人材も豊富で、力押し以外にも暗殺など多彩な手法で勢力を拡大していた。エルダス・ファミリーとも度々衝突しており、弱体化を機に牙を剥いたのだ。
「まあ、金は巻き上げたんだ。それで今は満足しとく方が無難って奴だな」
「分かってるよ。ジーベック、ちゃんと情報は集めといてくれよ?」
「もちろんだ、ボス。それに、『血塗られた戦旗』の奴等この時期に勢力を伸ばすつもりなら……あいつら、『会合』に参加するつもりか?」
「さぁなぁ、二つの地区を支配するなら充分資格があるんじゃねぇか?」
『会合』とはシェルドハーフェンに存在する複数の巨大組織による相互不干渉協定を示す言葉であり、これらの組織が表向き争わないことを約することでシェルドハーフェンの治安をある程度確保している。
『オータムリゾート』、『海狼の牙』も『会合』に名を連ねている。
「あんな奴等が『会合』に参加するなんざ世も末だな」
「だなぁ。うし、ちょっと出掛けるわ」
机から飛び降りるリースリット。
「どこ行くんだ?ボス」
「シャーリィのところ。向こうが来てくれたからな、こっちも顔出すのが筋だろ?」
「自分の立場をちゃんと考えろよ、ボス。あんな小さな組織にボス自ら行くのは違うだろ」
「別にいいだろ、私がどこに行こうが私の勝手だ。それに、協力してる奴等をこの目で見とくのは悪いことじゃないだろ?」
「そんなこと言うが、要は義妹に会いたいだけだろ」
「おう。それに筋は通さねぇとシスターがキレるぞ?」
「そりゃ怖いな。まっ、ちゃんと護衛を連れていくんだぞ」
肩を竦めながらジーベックはボスを見送る。
~十六番街とある事務所~
そこはエルダス・ファミリーの保有する事務所の一つだったが、今となっては血の海となっていた。
滞在していた十数人の構成員は全員急所を寸分違わず斬られ死体となって床に転がる。
その凄惨な場所の真っ只中に、一人の少女が佇んでいた。腰まで届く栗色の髪をポニーテールに纏め、歪んだエメラルドの瞳、整った目鼻立ちは美少女と言えるものだ。胸も大きくすらりとした身体を海兵が着るような真っ白なセーラー服で包み、手に持つ刀からは血が滴る。
真っ白な服や素肌は返り血で真っ赤に染まっているが、その整った顔を歪め唯一生き残った構成員を見ながら怪しく笑っていた。
「あははっ……なぁんだ、強いって聞いたのに弱かった。本当に武闘派ぁ?」
「てっっ…てめえぇ!」
唯一の生き残りは床に座り込み震えながらも虚勢を発する。フラりと現れた少女は有無を言わさず構成員達に斬りかかったのだ。そして抵抗空しく全て一撃で斬り捨てられた。
「あれ?震えてるの?震えてるねぇ?ねぇ?どんな気持ち?いつも他人を痛め付けてたのに、自分が何も出来なくて蹂躙されるのはさぁ?どんな気持ち?」
構成員に顔を近付け、狂気に歪んだ瞳を怪しく歪める。
「うっ!うちに手を出したんだ!てめえはもう終わりなんだよっ!」
「へぇ?誰か助けに来てくれるの?ほら、叫んでみてよ?助けを呼んでみてよ?ほら、ほらほらほら」
嗤う少女。
「ーっ!」
それを好機と見た構成員は望みを託して隠し持っていたナイフを握った腕を伸ばす。その瞬間胸に衝撃を受けた。
「ー?……あ?」
胸を見下ろすと、刀が深々と突き刺さっていた。
「あーあ、残念。もう少しお喋りしたかったのに」
心臓を正確に貫いていた切っ先をズブリと抜くと血が吹き出して少女を汚すが、それを気に止める様子もなかった。
周囲を見渡した後、少女は静かに事務所から出ていき薄暗い路地裏を歩く。
「ふふふっ……良いなぁ。この世界には法律なんてない。警察も、マスコミも、ネットもない。全部が自己責任。私が誰を殺しても、殺されても誰も気にしない。ふふふっ」
少女は怪しく嗤う。
彼女の名前は白鳥 聖奈。転生者にして『血塗られた戦旗』に雇われた殺し屋である。