「……誰も、もう誰も、信頼ができなくなりそうで、私は……」
そうだった……、貴仁さんにはもう肉親もいなくて……。だとしたら、頼る人もなく、ずっと孤独と重責に独り苛まれていて……。
そんな状況の中で、心から仕事で信頼を寄せていた相手が、あの真中さんだったとしたら──。
「……私が、私がいますから」
もう一度、さっきと同じ言葉を無意識にくり返すと、見つめ合って潤む彼の瞳よりも先に、私の目から涙がこぼれ落ちた。
「……なぜ、君が泣く……」
彼の指が、私の頬に流れた涙を拭う。
「私が、あなたのそばにいるので。ううん私だけじゃなく、私のお父さんだって、菜子さんだって、みんなあなたのそばに……」
彼が、私のお父さんや菜子さんに会ったのは弔問の時のみで、はっきりと記憶に残っているのかどうかまではましてわからずとも、そう告げずにはいられなかった。
「……ありがとう。そうだな、私は一人きりではないことを、忘れてしまいそうにもなっていた……」
頬に両手が当てがわれ、独りではないことを確かめるかのように瞳の奥がつぶさに覗き込まれる。
「そう、忘れないで、貴仁さん……。あなたには、真中さんのような人だけじゃなく、私のように心を寄せている人たちだって、そばにいるってことを……」
「そばに……」
噛みしめるように一言を彼が呟く。
「……君は、どこへも行かずに、ずっとそばに、私のそばにいてくれるか……」
切なげな声音が彼の口をついてこぼれ出る。
「……そばに……。ずっとあなたのそばに……」
打ち沈む彼の心を少しでも癒やせたらと、薄く開いた唇に口づけて言う。
「……ふっ、う……彩花」
「貴仁さん……」
突然なキスに、閉じることを忘れたように開けられたままの唇に、もう一度自らの唇を重ね合わせ、その首筋に腕を回して抱きつくと、弾みで彼がバランスを失い、折り重なるようにしてソファーに倒れ込んだ。
コメント
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傷ついた心に、あたたかい言葉をかけられるのは素敵だと思う。 1人じゃないよ。そばにずっといますって言葉が一番嬉しいですね。