テラーノベル
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もし仮に瑞樹が、すべてを知っているのだとしたら——。一体いつから気付いていたのだろう?
いや、そもそも、瑞樹に対して隠す必要があるのだろうか?
堂々巡りの思考が頭から離れず、柊吾は逃げるようにスマートフォンをテーブルへ伏せた。
開かれたまま置かれた翔からの封書。もう、その無機質な書類へ目を戻す気力すら湧かない。
瑞樹は、いつから自分を知っていた?
あの録音を、どこからどこまで聞いていたのだろう。
もし——もし最初から、僕が朝倉奏だと知った上で近づいてきていたのだとしたら。
考えれば考えるほど、甘かったはずの瑞樹の温もりが冷や汗へと変わっていく。
己の思考の渦に完全に呑み込まれていた柊吾は、部屋の静けさが変わったことに気づいていなかった。真理子がソファから立ち上がり、足音もなくテーブルへ近づいてきていたことも。
真理子の指先が、開いたままの紙の端へそっと触れる。
「……これは、何?」
紙がカサリと擦れる音に、ハッと弾かれたように顔を上げた。
真理子の指が触れていたのは、翔のあの身勝手な請求書だった。
「触らないでっ!!」
鋭く張り詰めた声が、思考より先に喉を突いて出た。
ぴくり、と真理子の肩が大きく跳ね上がる。
見開かれた母の怯えた目と視線がぶつかった瞬間、柊吾の全身から血の気が引いた。
「……ごめん」
自分が怒鳴り散らしたのだと、遅れて理解する。
母へ向けた怒りなどではない。翔への憎悪と、瑞樹への拭えない恐怖、そして何も問いただせない己の情けなさ。そのやり場のない感情のすべてを、何も知らない母へとぶつけてしまったのだ。
「ごめん、母さん。違うんだ……っ。母さんに怒ったんじゃなくて、あの……」
言い訳を重ねれば重ねるほど、声が情けなく震えた。
真理子は不安そうに眉を寄せ、身をすくめながら、手にしかけた紙をそっとテーブルへ戻す。責めるわけでもなく、ただ小さくなったその佇まいが、柊吾の胸をナイフのように削り取った。
「嫌な、手紙なの? ……事務所からの?」
ぽつりと漏らされた言葉に、息が詰まる。
「……うん。だから、触らなくていいよ」
「そう……」
真理子はそれ以上、何も聞いてこなかった。咎めもせず、静かに引き下がるその沈黙が、叫び出したいほど苦しい。
柊吾は床へ滑り落ちていた封筒を拾い上げ、手垢と怒りで歪んでしまった紙の角を、震える指先で何度も伸ばした。
(……最低だ)
怒鳴る相手を、完全に間違えている。
母を守るためにここにいるはずなのに、自分の一番醜い感情をぶつけて怯えさせてどうするのだ。
胸の奥に渦巻く黒い後悔と瑞樹への不審に苛まれながら、柊吾は押し潰されそうな静寂の中に立ち尽くすしかなかった。
#婚約破棄
霞花怜
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コメント
1件
うわあ…第82話、胸が締め付けられる回だった……😭💦 柊吾が瑞樹への疑念と母・真理子さんへの罪悪感で板挟みになってるの、読んでてこっちまで息苦しくなるくらいリアルだった…「触らないで!」って怒鳴った後の後悔の描写、刺さりすぎてやばいよ…本当に何も知らない母に当たっちゃう心情、すごくわかる。 かんなさんの心情描写、毎回ずるいほど巧いです…!!!更新楽しみにしてます🌸