テラーノベル
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その夜、柊吾はほとんど眠れなかった。
目を閉じるたび、封書に並んだ翔の文字が浮かぶ。
録音。
それから、瑞樹の顔。
優しく笑う目元も、触れる指先も、耳元で囁く低い声も、すべてが本物だったと思いたい。だからこそ、それらの始まりに自分の知らない理由があったのだとしたら、何を信じればいいのか分からなくなる。
結局そのまま朝を迎えても、混乱した思考はぐるぐると同じ場所を回り続けていた。
それでも、今日だけは逃げたくないと思った。瑞樹が帰ってきたら、全部話そう。翔から封書が届いたことも、録音のことも、自分が朝倉奏だと気づかれているのではないかと怖くなったことも。
それを告げて、それでも瑞樹が自分を抱きしめてくれるのか、確かめたかった。
やがて送迎車がアパートの前に停まり、柊吾は真理子の手を取った。
「行ってらっしゃい、母さん」
「……不安そうな顔。大丈夫よ、すぐに戻って来るから」
「っ、そう、だね」
何かを感じ取ったのか、真理子は一度柊吾の手をしっかりと握った。そして、にこっと人好きのしそうな笑顔で車に乗り込んでいく。その背中がいつもより少しばかり小さく感じられたのは、きっと昨夜の自分の発言のせいだ。
胸がキュッと痛む。笑顔を作って手を振りながら、柊吾は送迎車が角を曲がって見えなくなるまで、その場から動けなかった。
部屋へ戻っても、何も手につかない。
瑞樹から、仕事が終わったという連絡は来なかった。いつもなら、夜勤が明ける頃には短いメッセージをくれるのに。
スマートフォンを何度も確認し、時計の針がいつもの帰宅時刻を過ぎた頃、隣室から物音が聞こえた。
続いて、低い話し声。
帰ってきたのだろうか。
胸が高鳴る。いつものような嬉しさとは違う、真実を聞くための緊張が、心臓を内側から掴んでいた。
十数分ほど迷った末、柊吾は封書を鞄へ入れ、303号室の前に立った。
インターホンを押す。
返事はない。
もう一度押した時、室内から水の流れる音が聞こえた。シャワーを浴びているのだろう。けれど、その直後、別の足音が近づいてきた。
がちゃり、と鍵が回る。
「はいはい、今開ける」
面倒そうな声とともに扉が開いた。
「――っ」
現れた男を見て、柊吾は息を呑んだ。
瑞樹に、よく似ている。
けれど、瑞樹ではなかった。眼鏡をかけておらず、シャツの胸元は大きく開いている。首元には少し派手なネックレス。耳にはいくつものピアスが光っていた。
何より、こちらを見つめる目が違う。瑞樹の静かな眼差しとは正反対の、荒々しく、相手の奥まで覗き込むような視線だった。
(僕、この人知ってる――……)
以前、欲求の捌け口として毎晩見ていた動画のあの顔だ。間違いない……。
何度も何度も妄想し、画面の中の彼に慰められた。疲れ果てて帰った夜も、母の異変で悩んで眠れなかった夜も、指先で再生ボタンを押せば、彼はいつでも同じ熱を纏って現れた。
その記憶と、目の前の男の雰囲気が重なる。
顔立ちは瑞樹とよく似ている。けれど、声も、立ち方も、他人との距離の詰め方もまるで違う。瑞樹のような穏やかさはなく、相手の反応を面白がる野性味があった。
(やっぱり……この人だ)
動画の中で、低く掠れた声で囁いていた男。自分が毎晩のように欲望をぶつけていた、あの男優。
瑞樹ではない。けれど、瑞樹にそっくりな男。
その事実に気づいた瞬間、柊吾の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「……何か?」
男が片眉を上げる。
「いえ……その……」
知っています。以前、あなたの動画を見ていました。何度も、何度もあなたで――。
そんな言葉を口にできるはずもなく、柊吾は視線を逸らした。けれど、隠そうとするほど不自然になってしまう。男は柊吾の顔をじっと眺め、ふっと口の端を持ち上げた。
「あー、もしかして。お前、俺のこと知ってる?」
「……っ、知りません」
「へぇ。知らないって言うわりには、随分と分かりやすい顔するじゃねぇか」
男が一歩、こちらへ近づく。
甘い香水と、シャワー上がりの瑞樹とは違う、少し煙草に似た匂いが鼻を掠めた。その瞬間、動画の中の男が耳元で囁く声まで鮮明に蘇る。
息が詰まり、柊吾は後ずさった。背中が廊下の柵に当たる。
#婚約破棄
霞花怜
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コメント
3件
え、え、え!?!?!? ダメぇえ!?柊吾様は瑞樹様という素敵な彼氏(勝手な妄想)なんで!!!
**美月ゆめか🌸** ええっ⁉️ まさかのそっくりさん登場…!😳 柊吾くんの「この人知ってる」でゾワッとしたよ…! 動画のあの男優が、まさか瑞樹さんの隣室に住んでるなんて…しかも瑞樹さんにそっくりって…これ、どういう繋がりなんだろ…! 柊吾くん、決心して訪ねたのに全然違う人が出てきて言葉失うシーン、すごく臨場感あって怖かった…! 次が気になりすぎるよ…!