テラーノベル
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『一時間が経ちました。今回のカップルは北条爽太くんと、音霧紗栄子さんです。立会人となる皆さんは、教室にお集まりください』 俺の些細な願いは、スマホより流れる音声により簡単に打ち砕かれた。
あれから北条くんと音霧さんカップルと、今回の事件について話し合っていたところで無情な音声が響いた。
「やはり俺達か……。行こう、紗栄子」
「うん」
二人は取り乱すことなく、覚悟していたように声を掛け合っていた。
教室に行く足取りが重い。
あそこには神宮寺くんと、西条寺さんの遺体がある。一応保健室の布団を翔がかけてくれたらしいが、あの空間には戻りたくなかった。
教室の窓は全開で、換気は整っている。しかしこの鼻につく血生臭さは取れるはずもなく、俺達は後方の机と椅子をギリギリにまで下げ着席した。
「ねえ。席変わってよ?」
威圧的な声に俯いていた顔を上げると、そこには隣に着席している小春に話しかける内藤さん。張り付いた笑顔を浮かべ、小春に迫っていた。
「え……、あの……」
身を怯ませる小春は眼球を左右に動かし、唇をギュッと噛み締めている。机下に置いてあった両手はガタガタと震えていた。
「変わるの? 変わらないの?」
苛ついたような声で捲し立ててきたかと思えば、机をバンっと叩いてくる。
ビクッとなる小春の代わりに、俺が音を立てて立ち上がった。
「分かった。変わるよ」
そう告げ、震える手を掴んで共に去る。
「ごめん……」
「良いんだよ」
前方の空席に二人で座ると、満足したかのようにドカッと座る。彼氏の小田くんは、そんな内藤さんに賞賛することも批判することもない。ただこちらに目をやり、小さく頭を下げてきた。
……本当に、なんで付き合っているのだろう?
また余計なモヤが疼くが、俺が口出すことではないと小さく頷く。
最後に入室してきたのは翔と凛。翔の背中に入れてあるタオルの取り替えをするからと、俺達に先に行くように言ってくれていた。
凛は、事前に水に浸したタオルを冷蔵庫に入れていたらしく、段取りも良い。
本当にすごいよ、この状況で。
「あー、小春達でも間に合わなかった?」
顔を歪めた凛が、前方席である小春の隣に座る。
「そうなんだよ。まあ、仕方がないよなー」
俯いたままの小春に代わり、軽くそう返した。
「……そう」
一瞬の間があったが凛はそれ以上話さず、教室前方より目を逸らす。その先には床や黒板に染み付いている赤黒いシミ。
それが何かなんて、考えたくもない。
『ふふっ、すみませんね。もう少し、火薬の量を調整しておくべきでした』
突如スマホから聞こえる、不気味で、残忍な声。
全くもって誠意など感じるはずもなく、むしろ……。
胸の奥で蠢く感情を務めて無視して、奥歯を強く噛み締める。
──俺達の命を、何だと思っているのか?
そんな苛立ちを、叫び散らかさないように。俺はただ溜息を吐いた。
「大丈夫だって! 今回は暴露なんかない! 俺達が生存第一号になって良い波を作るから!」
今回選ばれたカップルとなった北条くんの、教室に入って第一声。お通夜状態になっている俺達に、声をかけて盛り上げてくれる。
すると途端に教室は湧き立ち、一斉に手拍子で場を盛り上げ始めた。
そうだ。まずはゲームクリアを目指さないといけない。
眉間の皺を伸ばし、顔を上げ、この雰囲気に飲まれることにする。感情など放置して。
『ちょっと待ってください。どうして皆さんは、主催者をことごとく無視するのでしょうか? 聞くことがあるのではないですか?』
ふふっと笑う声は、やはり俺達を嘲笑しているようで。胸に沸々としたものが蓄積されていく。
手拍子は止まり、静まり返った教室中。淡々とした音を拾うスマホに、目をやった。
『今回も、暴露がありました。二つです』
「えっ!」
「うそ……」
主催者の言葉に、横並びになった北条くんと音霧さんは互いを見合わせ。スッと目を逸らした。
『では暴露します。音霧紗栄子は男性に時間を売り、それを金銭に代えている。いわゆるパパ活女子だった』
その言葉に、一気に騒つく教室。
「いや、そんなわけないだろ」
「まさか」
そんな声が行き交っていた。
無理もない。音霧さんほどの知性に溢れる人が、そんな。
「違う! 違うの!」
音霧さんは同じく壇上にいた北条くんに、必死に縋って否定の言葉を繰り返す。
あまりの悲痛な表情と叫び声。見てはいけないと目を逸らす。傍観しか出来ない俺達は、そんなことしか出来なかった。
『嘘はいけませんね。今回の証拠は、SNS上でのスクショです』
その言葉と同時に切り替わる、スマホ画面。
それを目の当たりにした途端、手汗が滲む。
「マジ……で?」
どこからか漏れた声は、誰も返すこともなく通り過ぎていく。皆を驚愕させた、その内容は。
『現役JKでーす。大人あり5。お金持ちの素敵な方、連絡待ってまーす』
その投稿には多数の返信があり、パパ活を繰り返しているのだと察せられる内容だった。
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