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教室の昼休み。誰もいない時間を見計らって、遥は自分の机に座っていた。蓮司は隣の席の椅子を、背もたれごと倒すようにしてのけぞりながら、足を机の下に投げ出している。
「なんか、今日静かだね」
蓮司の口調はいつも通り。軽くて、つかみどころがない。
遥は、弁当箱を開いた手を止めたまま、小さく笑った。
「……おまえがここにいるから、誰も近づかないんだろ」
「え? そうなの?」
蓮司はあくび混じりに、他人事のように言う。
「それって、つまり俺って“恋人オーラ”出てるってこと? やば〜、本物感すごくね?」
遥は、曖昧に笑うしかなかった。
“恋人ごっこ”が、どこまで本気に見えてるのか──そんなの、考えても意味はない。
「昨日のさ」
蓮司が、不意に声を落とす。
「“好きすぎて壊れそう”ってやつ。あれ、ウケたわ」
遥の手が止まる。
耳が、少しだけ熱くなったのがわかった。
「……茶化すなよ」
「いやいや、可愛かったって。ちょっと泣いてた?」
遥は無言のまま、箸を置いた。
笑おうとしたが、喉がうまく動かなかった。
「なに、ほんとに泣いてたの?」
「泣いてねぇよ」
「嘘くせ〜。ああいうの、日下部に響くの? あいつ、意外と信じそうじゃね?」
遥はうつむいた。
言葉を選んでいるのではない。ただ、何も出てこなかった。
(響いてた……かもしれない。でも、意味ない)
──信じられたくてやったわけじゃない。
ただ、“終わらせたかった”。
日下部の目が、まっすぐで、痛すぎた。
「……あいつに、見てほしかったんだろ」
蓮司の声だけが、軽やかに続く。
「“俺は蓮司のだから、来んなよ”って」
遥の肩が、ほんのわずかに揺れた。
その微細な変化を、蓮司は見逃さなかった。
「ねえ」
蓮司が上体を起こす。
「おまえさ。俺のこと、ほんとはどう思ってんの?」
遥は返事をしなかった。
代わりに、蓮司の方を向いて、薄く笑った。
「……好きって言ったじゃん」
「嘘くせー」
蓮司は即答した。
でも、その声には、怒りも、失望もない。
ただ、“おもしろがってる”という感情だけが透けていた。
「まあ、いいけどさ」
蓮司が机に肘をつき、あごを乗せながら言う。
「でも、俺、けっこう気に入ってんだよ? その顔」
「……は?」
「泣きそうなの、我慢してんのがさ、たまんなくエロい」
「……っ」
遥は一瞬、息を詰めた。
「そうやって、苦しそうな顔するくせに、拒まないのがいいんだよ」
「……俺が拒んだって、意味ないだろ」
ぽつりと、出た言葉だった。
蓮司の目が、ふっと細まる。
「へぇ。そういう風に思ってんだ」
遥は、視線を外した。
間違えた、と思った。
けれど、もう遅い。
「……じゃあ、昨日も、俺がしたこと──嫌だったの?」
「……わかんない」
声が震えた。
「嫌、だった。でも、体は……」
蓮司は笑わなかった。
いつもの茶化すような表情も、どこかへ消えていた。
「おまえって、変だよな」
「知ってる」
遥は、机に額を落とすように、深くうつむいた。
「ごっこ、なのにさ。俺、ほんとに“使われてる”みたいだ」
「使ってるのは、俺の方だよ」
その言葉は、誰に向けたのかわからなかった。
でも、蓮司はそれ以上何も言わなかった。
ただ、机の上に指を伸ばして、遥の手の甲に、そっと触れた。
優しさでも、愛情でもない。
ただ、“そういう遊び”の続きとして。
遥は、それを拒まなかった。
でも、その手が触れた部分だけが、やけに冷たくて、
心の奥が、静かに痺れていた。