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昼休み。教室にはまだ半分くらいの生徒が残っていた。
遥は、窓際の自分の席に座っていた。
蓮司が、当たり前のようにその隣に腰を下ろす。
何も言わない。
けれど、そこにいる──それだけで、周囲の視線は自然と集まってくる。
遥は気づかないふりをしていた。
机の上の弁当のフタを、ゆっくり外しながら。
「……食欲ねぇの?」
蓮司が、ぼそりと呟いた。
気遣うでもなく、からかうでもなく──ただ退屈そうに。
「別に、あるけど」
「そ。じゃ、残すなよ。せっかく“彼氏の前”なんだからさ」
わざとらしく言ったその言葉に、遥は目だけをそらした。
(“彼氏の前”ね……)
その言葉が、刺さる。
演技のはずだった。
恋人ごっこ。
意味なんかない、ただの嘘。
でも、なぜかその言葉が、胸の奥のどこかを抉った。
「……サービス、しとく?」
「は?」
蓮司が眉を片方だけ上げた。
遥は、ぎこちなく笑った。口角だけを上げる、作った笑顔。
「泣いてもいねーのに、“泣き顔っぽい”とか、どう? ……可愛く見えるかもよ」
冗談のつもりで言ったつもりだった。
でも、蓮司の目がふと細められて──
「……おまえ、そういうとこ、マジで気持ち悪いよな」
遥は、目を伏せた。
言い返せなかった。
自分でも分かってたから。
“気持ち悪い”のは、ずっと昔からだ。
媚びるようにして、怯えるようにして、それでも見捨てられるのが怖くて──
演技で守ってきたはずの仮面が、どんどん“地”に近づいている気がした。
「……じゃあ、もうやめる?」
ぽつりと呟いたその言葉に、蓮司は首を傾けた。
「なにを?」
「これ。恋人ごっこ」
蓮司は少し考えるふりをして、にやりと笑った。
「やだ。まだ面白いし」
その“面白い”という一言が、何よりも遥を突き刺した。
──面白がられてる。
(わかってたじゃん。最初からそうだったのに)
「おまえさ、ちょっとでも“本気”になってたりした?」
蓮司がからかうように、でも目だけがじっとこちらを見ていた。
遥は笑った。
「ならねぇよ。バカじゃねぇの」
喉の奥で、笑いがこぼれた。
壊れかけた玩具みたいな笑いだった。
「おまえに本気とか──無理。無理すぎる。……おまえなんか、沙耶香しか見てねぇし」
蓮司は、笑ったまま、遥の肩をぽんと叩いた。
「安心した。勘違いされても困るし」
その軽さが、むしろ残酷だった。
心の底からどうでもよさそうなその態度が、遥には一番、きつかった。
(どうしてだよ)
どうして、あいつじゃないとダメだったのか。
どうして、こんなヤツにすがってるみたいになってるのか。
「……“信じてる”とか言われるのが、一番、ムカつくんだよな」
ぽつりと、遥が呟いた。
「“大丈夫だよ”とか、“まだ間に合う”とか。……なにが、って思うし。……見んなよ、って思う」
蓮司は、ふと視線を外しながら言った。
「……誰の話?」
「……さあ」
遥は弁当の箸を置いて、立ち上がった。
笑っていた。でも、笑顔の奥では、歯を食いしばっていた。
「じゃ、また放課後な。“恋人らしく”しないと」
蓮司は振り返らなかった。
ただ、背中越しに言葉を投げた。
「おう。泣き顔、期待してるわ」
遥は、振り向かなかった。
唇の内側を噛んで、血が滲んだ。
でも、それがちょうどよかった。
“本気”の痛みが、ひとつくらい混じってないと──
この演技は、嘘っぽくなりすぎるから。