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4
保健室の空気が、
ぴん、と張りつめていた。
学年主任の視線を受けて、
翠は、しばらく黙っていた。
そして——
ぽつり、と。
「……先生。
俺、赫ちゃんが、守られるなら」
声は、驚くほど落ち着いていた。
「俺の命なんて……
どうでもいいです」
言い切り。
その瞬間、
学年主任の中で、何かがはっきり壊れた。
「……今、なんて言った」
低く、震える声。
翠は、困ったように眉を下げる。
「別に、
死にたいとかじゃないです」
急いで付け足す。
「ただ……
比べたら、優先順位があるだけで」
その言葉が、
どれだけ歪んでいるか、
翠はもう分からなくなっていた。
「最初は……」
視線が、ベッドのシーツに落ちる。
「最初は、
赫ちゃんのため、って思ってました」
「証拠集めれば、
処罰が重くなるって」
「俺がいれば、
あの人たちの矛先が、赫ちゃんに行かないって」
淡々と、
事実を並べるみたいに。
「でも……」
少し、間が空く。
「気づいたら、
それが“普通”になってて」
「殴られても、
蹴られても」
「……俺が耐えればいい、
って」
学年主任の手が、
強く握りしめられる。
「それは……」
言葉が、詰まる。
「それは“選択”じゃない」
はっきりと、否定した。
「壊されて、
そう思わされただけだ」
翠は、きょとんとした顔で、
先生を見る。
「……同じじゃないですか」
小さな声。
「結果、
俺が我慢すれば、
赫ちゃんは守られる」
「それで、
みんな助かるなら……」
そこで、
学年主任は一歩、距離を詰めた。
「……それを」
低く、震えた声で。
「誰かに、そう教えられたのか?」
翠は即座に首を振る。
「違います」
「誰も、言ってません」
一瞬だけ、視線が泳ぐ。
「……でも」
「そうしないと、守れないって」
いつからか、
そう思うようになってました。
その瞬間、
学年主任の中で“いじめ案件”という言葉が完全に壊れた。
これはもう、
一人の生徒が、
自分の価値を削り切ってしまった案件だと。
先生は立ち上がる。
「……これは」
深く、息を吸って。
「もう、君一人で抱える話じゃない」
翠は反射的に言う。
「家族には……言わないでください」
必死だった。
赫を守るために作ったはずの沈黙が、
今度は自分を縛り始めている。
学年主任は、翠をまっすぐ見た。
「それは、約束できない」
「っ…なんで、ですか」
学年主任は冷静に答えた。
「これは、命に関わる問題だ」
きっぱりと。
「でも一つだけ、約束する」
少しだけ声を落として。
「君を責める人間は、誰一人出させない」
その言葉に、
翠はなぜか——胸がざわついた。
怖い。
でも、少しだけ。
ほんの、ほんの少しだけ。
「……俺、間違ってますか」
自分でも驚くくらい、
弱い声が出た。
ここで答えは出さない。
でも今、確実に__
ひびが入った。
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