テラーノベル
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「暗くなってきたから、今日はもう家に帰った方がいい」
学年主任の言葉で翠は痛む体を無理に動かし始めた。
保健室を出るとき、
翠は少しだけ足元がふらついた。
「送っていく」
学年主任の声に、翠は首を振る。
「……大丈夫です」
「歩けます」
“歩ける”ことが基準になっているのが、もうおかしいのに、
それを指摘する人間はいなかった。
玄関で靴を履く。
かがんだ瞬間、視界が一瞬だけ暗くなる。
——あれ。
なんで、俺、こんなに疲れてるんだっけ。
理由を探そうとして、
頭の中に何も引っかからない。
校門を出る。
夕方の風が、制服の隙間に入り込んで、ひやりとした。
その冷たさに、
さっきまでの保健室の会話が、
急に現実味を失っていく。
「命なんてどうでもいい」
確かに、自分が言ったはずなのに、
どこか他人の言葉みたいだった。
家までの道。
いつも通ってるはずなのに、
曲がり角を一つ、間違えそうになる。
……あれ?
こっちだっけ。
スマホを取り出そうとして、
思考が止まる。
無意識に、
ぎゅっと握っていた。
「……赫ちゃん」
名前を呼んだ瞬間、
胸の奥がずきっと痛む。
でもその痛みが、
心配なのか、罪悪感なのか、恐怖なのか
もう判別できない。
玄関の前に立つ。
中から、
兄弟の声が聞こえた。
赫の声。
瑞の楽しそうな声。
黄の柔らかいトーン。
桃と茈の笑い声。
——ああ。
ちゃんと、守れてる。
その確認だけで、
翠は少しだけ安心してしまう。
ドアノブに手をかけた瞬間、
腕の内側がじんと熱を持つ。
袖を引っ張ると、
隠してたはずの青紫が、少しだけ覗いた。
「……大丈夫」
誰に向けた言葉かも分からないまま、
そう呟いて、ドアを開ける。
「おかえり、翠にぃ」
赫の声が飛んできて、
同時に視線が一斉に集まる。
その瞬間、
翠は“笑う準備”をする。
——ここでは、普通でいなきゃ。
でも、
その“普通”がどんな顔だったか、
ほんの一瞬、分からなくなった。
立ち尽くす翠を見て、
誰かが言う。
「……翠?」
そこで、視界がぐらりと揺れた。
倒れるほどじゃない。
でも、確実に限界に近い揺れ。
翠は一歩だけ踏み出して、
なんとか立ち直る。
「……大丈夫」
また、その言葉。
回数だけが、増えていく。
コメント
1件

翠っちゃん休んでくれほんとに もう、あーなんかつんなんも思いつかんかった(