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レイチェルとソーレンの
息を飲む音が
静まり返った部屋に響いた。
青龍は
静かにペットボトルの飲み物を傾け
口を湿らせる。
小さな喉がごくりと鳴り
無言のまま静かに目を閉じた。
「時也さん、アリアさん⋯⋯
青龍も、双子ちゃん達も
辛かったよね」
レイチェルの声は
どこか震えていた。
目尻には涙が滲み
頬に伝いそうになるのを
手の甲で拭った。
「改めて聞くと⋯⋯
ほんとムカつくな。
不死鳥って奴はよ」
ソーレンが低く唸るように呟く。
彼の拳は膝の上でぎゅっと握られ
堪えきれない苛立ちが
滲み出ていた。
「ほんとよ!
不死鳥をぶん殴らなきゃ
気が済まないわっ!」
声を荒げたレイチェルが拳を振り上げる。
「お前⋯⋯
此処に来てから、逞しくなったな⋯⋯」
ソーレンが呆れ混じりに言うと
レイチェルは涙ぐんだまま笑った。
「褒め言葉として
受け取っておくわね!」
「左様でございますね。
私も同じ気持ちです。
不死鳥の首
今度こそ縊り落としてやりましょう」
青龍は静かに言い、目を伏せた。
「ね、ね!
双子ちゃんとの暮らしは
どうだったの?」
レイチェルが声を弾ませて尋ねると
青龍はふっと目を細め
懐かしそうに瞼を閉じた。
双子との暮らしは
静かでー⋯
けれど
嵐のように張り詰めた日々だった。
青龍の胸に
その光景が思い起こされる。
⸻
双子と青龍は
なるべく人と関わらぬように
静かに暮らしていた。
青龍の導きに従い
双子は日々
陰陽術の修行に打ち込む。
陰陽術であれば
宿る異能を制御できるかもしれない——。
青龍は、そう考えた。
そして何より
父である亡き時也の面影を
追い求めるように
二人はただひたすらに
術の鍛錬に励んでいた。
「制御を完璧にすれば⋯⋯」
「また、お母様と暮らせる⋯⋯っ」
——その一心だった。
不死鳥の呪いが
二人の身体に
根深く刻まれている以上
力の暴走はいつ起こるかわからない。
けれど
制御さえできれば
もう二度とアリアから
引き離されることはない。
そう信じて、二人は必死だった。
青龍は、双子の傍に常に寄り添い
見守りながら
彼女たちの修行を支えていた。
どれだけ蒼き炎が荒れ狂い
どれだけ凍てつく冷気が
あたりを覆おうとも
青龍は決して
双子の傍を離れなかった。
「お嬢様方⋯⋯
必ず、制御できるようになります」
そう繰り返しながら
青龍は血を吐くような思いで
二人を導き続けた。
⸻
ある日
双子はたまたま森の中で
迷い込んでいた幼い子供に出くわした。
「⋯⋯大丈夫?」
ルナリアが声をかけると
その子は
涙でくしゃくしゃになった顔を上げて
頷いた。
「おうち⋯⋯どこ⋯⋯?」
すすり泣きながら
その子は震える声で呟いた。
エリスとルナリアは顔を見合わせ
戸惑いながらも
その子の手を引いた。
必死で冷気を抑えながら⋯⋯
道中
ずっとその子は
二人の手を離そうとせず
小さく泣き続けていた。
森の外に出ると
男がその子を探している姿が見えた。
「おーいっ!」
その男が声を張り上げた瞬間
その子の表情がパッと明るくなった。
「ととっ!!」
その子は男の元へ駆けて行き
まるで宝物に飛びつくように
その腕にしがみついた。
「とと⋯とと⋯⋯っ」
安心したのか
その子は父の腕の中で
声を震わせながら
何度も何度も〝とと〟と
繰り返していた。
その光景を
双子はじっと見つめていた。
「⋯⋯お父様には⋯⋯もう⋯逢えない」
ぽつりとルナリアが呟いた。
「⋯⋯でも⋯⋯」
エリスが言葉を続ける。
「青龍は⋯⋯
私たちを育ててくれたし
護ってくれた⋯⋯」
その言葉に、ルナリアは小さく頷いた。
「なら⋯⋯」
「⋯⋯そう呼んで、良いよね?」
⸻
夕暮れの帳が落ちる頃
青龍は帰宅した。
「ただいま戻りました」
静かにそう言いながら扉を開けると
双子が待っていた。
「⋯⋯お帰りなさい、とと」
「⋯⋯とと、おかえりなさい」
青龍は
その言葉に一瞬動きを止めた。
「⋯⋯え?」
思わず眉を上げ、双子を見つめる。
「⋯⋯とと」
恐る恐るエリスが言い直す。
「⋯⋯青龍は
お父様が亡くなってからも
ずっと私達の傍にいてくれたし⋯⋯
育ててくれて⋯⋯導いてくれた」
ルナリアが続ける。
「だから⋯⋯そう、呼んでみたかったの」
青龍は目を見開いたまま
二人の姿を見つめていた。
何か
言葉を返さなければならないと
分かっていたが
喉が詰まって声が出なかった。
「⋯⋯とと?」
再び呼ばれ
青龍はようやく
口元に小さな笑みを浮かべた。
その笑みは
困ったような
けれど
どこか誇らしげな
そんな笑顔だった。
「⋯⋯ふふ⋯まったく⋯⋯」
青龍は
まるで照れ隠しのように
頭を小さく振った。
「⋯⋯お嬢様方⋯⋯
こんな私を⋯そう呼んでくださるとは⋯⋯」
「とと⋯⋯」
「⋯⋯うん
やっぱり青龍は、ととよ」
双子がにっこりと笑った。
その笑顔は
かつて青龍が見た
時也とアリアの微笑みと
どこか重なっていた。