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◻︎智之の気持ち
病院から家まで送ってもらった。
「本当にありがとうございました、とても助かりました」
未希にお礼を伝える。
なにもかもお世話になってと。
「私は何もしてないよ、お礼なら翔太にだね」
「そうですね、翔太くん、ありがとうね、智之を連れてきてくれて」
「うん、保健室に行こうって言ってもイヤだって言うから帰ってきちゃったんだ」
「そうなの?智之」
「あのさ…」
と未希の怒ったような声に、ドキリとする。
「保健室に行ったとしても、お母さんに連絡がつかないんだからどうしようもなかったよ。せっかく携帯があっても、いざというときに連絡がつかないのはどうなんだろうね?それからさ、翔太が、あなたにお願いがあるみたいだけど?」
あの時、ブログ用の写真を撮っていたなんて言えない。
「翔太君が?なにかな?」
心ではものすごく動揺しているけど、できるだけ落ち着いて答える。
「おばちゃん、あのね、こっちきて」
耳を貸して欲しいのだろうか?
私は智之から離れて翔太に耳を近づけた。
「あのね…とも君の髪の毛、黒くして」
「えっ!」
「とも君ね、悪魔の子っていじめられてるから」
「あっ!」
「だからね、階段で誰かがとも君のことを押したんだ。誰かわからなかったけど」
「じゃあ、やっぱり上から落ちてしまったんだね」
「うん、だけど…」
「だけど?」
「ホントのこと言うと、お母さんがかなしくなるからって…」
「……」
私は俯いている智之を見た。
私は、この子にそんな思いをさせていたのかと気づいたら、胸のあたりがギュッと痛くなった。
「ね、おばちゃん、魔女なの?」
「え?」
「魔女だから、悪魔の子って言ってたから」
「あ…、違うよ、違うけど…」
大事な息子にそんな思いをさせていたんだから、魔女かもしれない、母親じゃなくて。
___そうだ、これだ、違和感だと感じたのは。可愛いだけの息子じゃなくて、大切な息子だ。
私は勘違いをしていたんだ。
オシャレのつもりで、髪を染めてそれがカッコいいと思っていたけど、それは私の勘違い。
智之はそんなこと、ちっとも望んでなかったし、それが原因でいじめられていたなんて気付こうともしなかった。
「翔太君、ありがとうね、智之の友達でいてくれて…」
「なんで?とも君と友達なのがありがとうって変なの」
翔太は、意味がわからないという素振りで頭をひねった。
「おーい、とも君のお母さん!」
未希が呼ぶ。
「あっ、はい、なんでしょうか?」
「晩ご飯の準備してないでしょ?うちに来る?今、確認したら、2人分あるって」
うち?ひまわり食堂?
「でも…」
「うちはシングルじゃないからって言いたい?」
「まぁ…」
「どうせシングルみたいなもんなんでしょ?まぁいいから、今日は特別にお母さんも一緒にね。せっかく車から降りたけど、また乗って、ほら」
智之が私を見ている。
「智之はどうしたい?」
「行きたい!でも、いいの?」
私がもう行ってはいけないと強く言ったから、私の許可を欲しがってる。
たった8才の息子に、母親の私がこんなに気を遣わせるようにしてしまったんだと、今頃気づく。
「よし!行こう!智之が美味しいって言ってたひまわり食堂のご飯、お母さんも食べてみたいから」
「うん!」
智之のこんなにうれしそうな顔は久しぶりに見た。
肉じゃが、わかめときゅうりとじゃこの酢の物、卵と白菜の味噌汁、オレンジが二切れ。
「お母さん、美味しい?」
「うん、美味しい、智之が美味しいって言ったの、ホントだね」
メニューは決して豪華でもないし、料理としては家庭料理そのものだ。
なのに、なぜこんなに美味しいのだろう?
「じいじ、おかわり!」
「僕も、おかわり!」
翔太につられて、智之もおかわりをしている。
「お?うまいか?たくさん食べろ。そして風呂入って寝れば、明日も元気に過ごせるからな」
おかわりのご飯をよそってくれるのは、ここのご主人らしい。
「すみません、私まで食べにきてしまって」
「いいんですよ、お代はちゃんといただくしね」
「ありがとうございます。それにしても、どうしてこんなに美味しいんでしょう?どれを食べても懐かしいような味で、お腹にちゃんと入っていく感じがします」
しっかりご飯を食べている、という感覚は、ずっと忘れていた気がする。
いつもの食事も食べているのに、こんなふうに満たされる感じがない。
「食べてもらう人のことを考えて、ちゃんと作ってるからかな?」
「ちゃんと、ですか?」
「うん、店で売っているものもちゃんと作ってるのは間違いないんだけど、なんていうか、食べる人のことを考えながら作ってる。家族に作るみたいにね。あとね、材料が新鮮なんだよ、うちはね」
お茶を飲みながら、テーブルの向こう側に座るご主人。
翔太の祖父らしいが、未希とは離婚しているらしい。
なのにとても家族に見える、絆がしっかりしているといえばいいのか。
「お母さんもおかわり、する?」
「え、あ、じゃあ、少しだけ」
「食べれるなら、ほれ!」
そう言ってご飯を、普通盛りでよそってくれた。
「最後はこれで食べるといいよ、美味しいよ」
お皿に出してくれたのは、きゅうりと茄子の糠漬け。
それから熱いお茶だった。
お茶漬けなんて、久しぶりだと思う。
私は、毎日何を食べてたんだろう?
それなりに美味しいと思って食べていたのに、メニューも思い出せない。
そして、お茶漬けをすすりながら、涙もすすっていた。
「お母さん、どうしたの?熱かったの?」
智之が心配そうに私を見る。
「あは、ちょっとね、お漬物が辛かったの、それだけだよ。美味しいね、ひまわり食堂のご飯は」
いつの間に泣いていたんだろう?
ご飯を食べて涙が出るなんて、思ってもみなかった。
「落ち着いた?」
未希がそっと声をかけてくれた。
「はい、ありがとうございます」
「今日は、ゆっくり寝て、これからどうすればいいかは、明日考えるといいよ。きっと、今は疲れ果ててるから」
優しい言葉にまた涙があふれてきた。
「また、ここに来てもいいですか?」
「もちろん!待っているからね」
その夜は、智之と布団を並べて寝た。
2人とも、朝までとてもよく眠れた。