テラーノベル
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カフェの中は、
相変わらず明るかった。
カップの音。
小さな笑い声。
流れている音楽。
彼が、
立ち上がる。
「ちょっと、
トイレ行ってくるね」
自然な声。
背中が、
人の流れに紛れていく。
その瞬間。
テーブルの上に、
友人がスマホを出した。
画面が、
こちらを向く。
「……大丈夫?」
文字は、
短い。
私は、
その画面を
見つめるだけで。
首も、
横に振れない。
視線を落とす。
カップの縁。
友人が、
私を見る。
ほんの一瞬。
目が合って、
それだけで
わかったみたいに、
彼女は小さく息を吸った。
何も言わない。
ただ、
話題を変える。
「この店、
落ち着くよね」
私は、
頷いた。
彼が戻ってくる。
椅子に座る音。
何事も、
なかったみたいに。
友人は、
さっきの話を
続ける。
「結婚式の招待状さ」
彼が、
先に口を開く。
「まだ、
届いてないんだよね」
まただ。
私より先に。
友人の視線が、
一瞬だけ
揺れる。
「……そっか」
彼は、
平然としている。
「この辺、
郵便ちょっと遅いよね」
誰に言うでもなく。
友人は、
曖昧に笑った。
彼が、
コーヒーを一口飲む。
「このカフェ、
何回も来てるんだ」
前にも、
聞いた言葉。
「そうなの?」
友人が、
聞く。
「うん。
前から、
よく来てた」
彼は、
私を見る。
確信した目で。
相手は……
私じゃ、ない。
胸の奥で、
何かが
ずれる。
でも、
言わない。
「そうなんだ」
私が言う。
声は、
震えていない。
合わせる。
流す。
それが、
一番安全だと
思った。
彼は、
満足そうに
微笑んだ。
友人は、
それ以上
聞かなかった。
カップの底が、
見える。
時間だけが、
過ぎていく。
私は、
何も起こらないことに
ほっとしていた。
何も、
起きていない。
はずだった。
私は、
もう、
首を振ることすら
許されていなかった。
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