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鷹槻れん/鷹槻うなの

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#白い結婚
夕凪ゆな
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草原草原(くさはらそうげん)

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扇レンナ
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「辞退するなら、春の催事に、正式に推薦してあげる」
麗華の声は、電話の向こうで穏やかだった。
催事の前日、火曜の午後。店先に麗華が来てから、二週間が過ぎていた。二週間、ことはと源さんは毎日餡を炊き、餅を搬き、数を数えた。商店街には、達也が書いた紙が貼られている。柊屋、本店の催事に出ます。字が大きくて、見るたびに少し恥ずかしかった。
あの日から、麗華は店に来ていない。来ないまま、電話で言った。
「春は、本店で一番大きい催事なの。老舗の方々も、春を目指して一年かけるくらいの。そこに柊屋さんを、正式な手順で入れてあげる。看板じゃなくて、普通の出店者として」
「……今回は、辞退しろと」
「お父様の体のことも、考えたら? 退院されて間がないんでしょう。七日間、娘さんが朝から晩まで催事場にいて、お店は誰が」
父はまだ退院していない。麗華は知らないのか、知っていて言っているのか。ことはは工房の帳場で、受話器を持ち替えた。
「柱の裏で、試食もなしで、七日。売れなかったら、看板の店が売れなかったって記録が残るの。来年から、どこの百貨店も柊屋さんを呼ばないわ。それでもいいなら、どうぞ」
本当のことだった。本当のことを、本当でない人が言う。
ことはは、工房の木箱を見た。父の箱。今朝も使った。源さんが洗って、伏せてある。
「お断りします」
「……聞こえなかったわ」
「うちは、今年の豆で勝負します。来年の豆のことは、来年考えます」
電話の向こうが、黙った。
「そう」
麗華は、それだけ言った。
「じゃあ、明日。楽しみにしてるわ。――明日は、お父様もご覧になるの。柱の裏まで、ね」
電話が切れた。ことはは受話器を置いた。置いた手が、少し震えていた。震えている手で、帳面に明日の数を書いた。六百。
◇
夜、母は病院に行った。源さんは九時に帰った。
搬入の荷造りは、ことは一人で続けた。餡の桶。餅の箸。藍色の紙の束。木箱。台に敷く布。明日の朝五時半に、本店の搬入口に入る。
店先の灯りを落として、工房の灯りだけで作業をしていた。
戸の音がした。
シャッターの脇の戸。鍵は、かけていなかった。
顔を上げると、暗い店先に、人が立っていた。
黒いコート。背が高い。帽子はない。
「……氷川さん」
遼だった。店の中に入ってこない。店先の、台の前に立っている。台の上には何もない。明日の分は、全部工房だ。
「宇野さんの、車ですか」
「俺が運転してきた」
遼は、店の中を見た。狭い店先。台。棚。壁の額。それから、工房とのあいだの、小さなガラス窓。
「狭いな」
「……下町の店ですから」
遼は、台の前を離れて、戸口のそばの木箱に目を落とした。父の箱。蓋を閉めて、紐を掛けてある。
「古いな」
「父のです。工房で使っていた箱で」
「……使え」
言ってから、遼はガラス窓の前に立った。工房の灯りが、遼の顔を下から照らした。窓の向こうに、ことはがいる。ことはは、工房の中から、ガラス一枚を隔てて、遼を見た。
遼が、窓を見たまま、言った。
「ここから、見えるのか」
「……何が」
「工房から、店先が」
「見えます。わたしは、ずっとここで作業していますから。店先のことは、ガラス越しに」
遼は、しばらく窓を見ていた。
ことはは、窓の内側から、その顔を見ていた。この人は、何を確かめに来たのだろう。狭いか、見えるか。それだけを。
「明日、六時半に開けろ」
「催事の日も、ですか」
「店は店だ。催事は催事だ。六時半に開けて、母親に任せて、お前は本店に行け」
「はい」
遼は、戸口へ戻った。戻る途中で、一度だけ、台の上を見た。何もない台を。
「氷川さん」
「何だ」
「……明日、来ますか。催事場に」
遼は、振り返らなかった。
「関係ない」
戸が閉まった。車の音が、商店街を出て行った。
ことはは、工房の灯りの下に立っていた。ガラス窓の向こうに、誰もいない店先がある。ここから、見える。
◇
十一時過ぎ、電話が鳴った。
蓮田だった。声が、いつもより高い。
「柊屋さん。すみません、夜分に。あの」
「どうしました」
「明日の搬入なんですが。書類が、足りないと」
「……書類」
「衛生の、確認書です。先週、提出していただいたものを、課長が、受け取っていないと」
ことはは帳場の引き出しを開けた。契約書の封筒の下に、催事の書類の控えがある。確認書の控え。本店の受付の印が押してある。
「出しました。控えがあります。受付の印もあります」
「はい。僕も、受け取った記憶が……でも、課長が、原本がないと。明日の朝、搬入口で警備に止めるように、言われていて」
蓮田の声が、途切れた。
「搬入は、五時半ですよね」
「はい」
「原本がないと、入れないと」
ことはは、受話器を握った。五時半。原本は、本店にある。本店が受け取った。受け取っていないと言われれば、控えだけでは、入れない。
「蓮田さん」
「はい」
「わたしは、五時半に搬入口に行きます」
「……はい」
「止められたら、止められたところから、考えます」
電話を切った。
時計を見た。十一時十五分。搬入まで、六時間。
スマホを見た。遼の番号がある。一度もかけたことのない番号。
かければ、済むのだろう。催事部に電話一本。
ことはは、スマホを伏せた。
木箱の蓋を閉めた。父の箱。使え、と遼は言った。閉めた蓋の上に、手を置いた。
コメント
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みぅです🖤 第10話「前日」、読ませてもらいました。 麗華からの電話、めっちゃ重かったですね……「楽しみにしてるわ」って言葉の裏にある圧がすごくて、読んでるこっちまで息苦しくなりました。 でもそこで「うちは今年の豆で勝負します」って返したことはちゃん、かっこよかった……震える手で帳面に明日の数を書くシーン、胸がぎゅってなった。 遼くんが夜に来て、「工房から店先が見えるか」って聞くところ、何も言わずに去っていく感じがすごく彼らしくて。必要なときに現れて、必要なことだけ言って去る距離感、めちゃくちゃ刺さりました。 明日の催事、どうなるんだろう……連載中ってことですよね? 続きが待ち遠しいです🌙