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「ちょ、ちょっと、待て!二代目!どうして、そうなる?!」
「だって、月子ちゃん、歩けないでしょ?それに、京さんが、連れ込んだんでしょうが?」
焦る岩崎に、二代目は、これまた、もっとものような、屁理屈を突きつけた。
「つ、連れ込んだって!人聞きの悪い!」
岩崎は、大声で抗う。
「嫌だもう!なんで、そんなに声が大きいの?!京介さんが、月子さんを連れて来たんだから、さっさと、一緒にお住みなさいよ!」
芳子は、岩崎の叫びから逃げるように耳を塞ぎつつ、二代目の言い分に乗っかった。
隣に座る、男爵も、ふむふむと、頷いている。
月子はというと、当然、何で、そうゆう話になるのかと、岩崎同様、面食らう。
「あら、月子さん、足が痛むんじゃない?京介さん、月子さんを病気へ連れて行った方がよろしいんじゃなくて?」
無言の月子を、足か痛むからだろうと、芳子は、勘違いしてか、岩崎へ助言する。
言われて、岩崎も、はっとすると、月子へ、そうなのかと問うた。
「西条家の大事なお嬢さんだ。失礼があってはならない。月子さん、病院へお行きなさい」
「そうね、月子さん?かかりつけの病院はどちら?」
男爵と芳子に矢継ぎ早に言われ、月子は、うっかり母が入院している佐久間医院の名前を口走った。
今後のことをと、言われていた件が、頭の中にあったからだ。訪ねなければならないと思っていたからか、つい、その名前を出していた。
「では、そちらへ行けば良い」
岩崎が言い切り、月子へ、肘をつき出した。
「歩きにくいのだろう?私の腕に掴まりなさい」
男爵、芳子、田口屋二代目が、嬉しげに二人を見ている。
流れてくる、期待のようなものに押され、月子は、恐る恐る、岩崎の腕に掴まった。
ひょっこりひょっこり、たどたどしく歩く月子に合わせるよう、岩崎も、ゆっくりと歩みつつ、二代目へ、留守番を頼むと言い残し、玄関へ向かった。
ガラス戸が閉まる音を聞き、残った一同は、行ってくれたかとばかりに、はぁと、大きく息をついた。
「なんとかまとまりそうね、京一さん」
「ああ、このまま、うまく行ってくれれば、安心なんだが、京介め、今だに、勘当だなんだと……」
男爵が、おもむろに顔をしかめる。
「……そうね。勘当なんて、先代、京介さんのお父様が、当主だった時の話でしょ?まったく、いつまで、意地を張るつもりなのかしら」
「……京さん、まだ、忘れられないんじゃないですかい?」
「二代目も、そう思うかね?」
男爵は、さらに顔をしかめきる。
「もう!その話は、いつのことです!いつまでも、昔の恋に縛られて、一生独り身を通すつもりなのかしら?!」
「だと思うよ。京介は、あれ以来、あの曲を一度も演奏しないし」
「はあ、デカイ体してんのに、京さんって、意外に、女々しいんですねぇ」
「田口屋さん!そこ!そこなの!教授するためだなんだ、威厳がいるとかなんとかで、口ひげまで生やして、やる気を見せたのよ!それなのに、昔の恋に、いつまでも囚われて……」
「まあ、あの時は、死ぬだ、生きるだと、大騒ぎ。京介も、かれこれ本気だったからなぁ……そして、悪いことに、相手は、病で亡くなってしまった。これが、京介の心に枷をかけたんだろう」
はあ、と、男爵は息をつき、肩を落とす。
芳子も、困ったものねと言いながら、どことなく、落ちつきがない。
「まあまあ!そこで、月子ちゃんの出番というで!俺思うんですが、この帝都で、こうも、偶然に、男女が出会うもんでしょうか?」
「つまり!月子さんは、京介さんの、運命の人ってこと?!」
芳子は、二代目の言い分に、パッと顔を輝かしたが、
「でも、その月子さんも……なんだか、訳ありのご様子だわよ?」
言って、男爵を見る。
「ああ、そのようだね。西条家の娘とはいえ、釣り書からすると、後添えの連れ子のようなんだ。つまり、西条家からすれば、赤の他人だ」
「あちゃー、それで。帰るところがないだ、土下座だわ……」
まいったねぇと、二代目も肩を落とした。
「仮にも見合いだ。それなのに、誰の付き添いもなく一人でやって来た。これは、月子さんも、京介同様、かれこれ訳ありなんじゃないかなぁ」
一同は、顔を付き合わせ、うーん、と、唸った。