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「これはなんですか?」
「20分だけでいいから来て欲しい」とレスター指揮官に促されて捜査司令室からリビングに渋々移動してきたニアは、先にテーブルに着いていた僕の左隣に座ると、目の前に置かれている白い陶器製のスープボウルに注がれた赤褐色の液体をしげしげと眺めてそう言った。
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1月11日。時刻は15時過ぎ。
日々キラ事件の捜査に追われている僕らが日常的にスナックタイムを取り入れている訳ではもちろんないが、今日は14時半くらいにレスター指揮官が捜査司令室から姿を消したかと思うと、この時間になって僕たちがリビングに招集された。たまたま今日はSPKメンバー全員が内勤務中心だったことを見越して、おやつでも用意してくれたのだろうか?だが、SPK結成以降そんなことは一度もなかったので、僕とリドナーは「一体なんだろう」と言葉を交わしながらリビングに来たのだ。(それに、思い付きでお菓子を作りを始める程レスターも暇ではない)
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テーブルに着いた僕たち三人の前には、それぞれ同じように、甘い香りと湯気が立ち上るスープボウルが置かれている。ワインレッドのビーンズが点々と顔を覗かせているそれと同じ色をした液体に、焼き豆腐のような白い塊が二個浮かんでいた。
「おしるこですよ」
レスターは自分の分もボウルに注ぎ終えると、それを持ってニアの向かい側の席に着き、ニアの言葉に答えた。
「おしるこ…」
ニアが何か言う前に、僕がそうつぶやいてしまった。
「正月に私が日本食スーパーで買ってきた鏡餅があったろう」
白い塊が段々に積み重なったあの不思議な物体のことだ。確か、リビングに飾られているのを発見したニアが自分のテリトリーに持って行き、みかんではなく戦隊もののフィギュアを積み重ねて遊んでいた。
「しばらくは飾っていたが、捨てるのも勿体無いしそのままにしていてもカビてしまうだろうからどうしたらいいか調べてみたところ、日本には鏡開きという風習があるらしくてな。なんでも、神棚に供えた鏡餅には神様の力が宿っていて、それを家族で分け合って食べることで一年の無病息災を祈るという行事らしい。まあ厳密に言うとこの鏡餅は神棚に供えていた訳ではないから何かの力が宿っている訳ではないが、縁起担ぎみたいなものだ。生き残った我々だけでも無事に事件解決に至れるようにと。どうせ正月も正月らしいことは一つもしなかったし、たまには皆揃って何か食べるのもいいだろうと思ってな。捜査の邪魔をして悪かったが……」
趣味が俳句のレスターは、もしかしたらこういう日本の行事にも関心があるのかもしれない。そして、SPKメンバー全員の無事を祈ってやってくれたことだったのだ。
「なるほど。じゃあこの白いのは鏡餅だったんですね。ところで、おしるこってなんですか?」
僕はそう聞き返した。
「和菓子の材料としてポピュラーなあずきという豆の一種を水と一緒に煮込んで、焼いた餅を浮かべたものだ。これは日本食スーパーで買った茹であずきの缶詰めを使ったからすぐできた。鏡開きはこのお汁粉というもので行うことが一般的らしいから、試しに作ってみたんだが……」
どうやら汁にまだらに浮かんでいる粒状の何かは、普段料理で目にするあのビーンズではなく、あずきという日本食品らしい。
「だが、これは許して欲しいのだが…。味見をしてみたがそんなに美味しいものではない。餅は普通に焼いて食べた方が良かったのかも知れない。まあ年寄りのお節介と思って我慢して食べてくれ」
レスターは顎に手をやり、唸るように言った。
「とりあえず食べてみましょうよ!……あら、お箸も用意してくれたのですね」
少々ぎこちない場の空気を和ませようとしたのか努めて明るい声を出したリドナーは、スープボウルと一緒に置かれていた箸を手に取って言った。
「どうせなら鏡開きの雰囲気も味わいたいと思ってな。さすがにお椀を買うのは我慢したが。フォークの方がいい者は自由にしてくれ。それと、日本では汁物の場合、お椀…この場合はスープボウルを手に持って直接啜ってもマナー違反ではないらしい」
テーブルマナーのことまで、よく調べている。やはりレスターは鏡開きという日本の風習自体に惹かれ、模倣したいと思う部分もあったのかも知れない。
リドナーは箸を一旦テーブルに戻して両手でボウルを持ち上げると、一口啜った。その様子を、他の三人が固唾をのんで見守る。
「……甘すぎる気もするけど、決して嫌な味じゃないですよ。この味何かと思えば、以前妹から日本のお土産にもらった“ようかん”と同じ味ね。同じあずきから出来ているって今気付きました。あのお菓子が気に入っていたから、また出会えて嬉しいわ」
その言葉に、食卓の空気がフワッと軽くなる気配を感じた。
そもそもこの四人で揃って食事を摂ることも考えてみれば初めてで、あまり私語を交わさない上司達を前に、僕は少し緊張していた。任務に対してストイックな姿勢で臨む彼女は隙がなく近寄り難い雰囲気があるが、今回のプライベートな集まりで、女性らしい気配りと包容力を感じた。
リドナーの感想に続いて、僕とレスターもあずきの煮汁を啜り、箸で餅をつまみ始めた。
食感は風邪の時に食べるお粥に近いのに、マロングラッセのように強烈に甘い。苦手ということはなかったけど、なんだか心の置き場がない料理だと思った。
三人が箸を進める中、僕の隣にいるニアだけがまだお汁粉に手を付けていないことに気付いた。ニアは右手で何度か箸を握り直すもののしっくり来ないようで、それをテーブルに戻す。
「私はフォークで食べます。レスター、フォークを取ってください」
「箸が使えないのですか?」
「私が育った養護施設ではアジアンフードは出ませんでしたから。施設を出て独り立ちした後もハンバーガーショップでしか外食をしたことがないし、箸に触れる機会はありませんでした。……何かおかしいですか?」
ニアはこちらを向きもせず、髪を弄りながら述べた。小さく唇を尖らせていて、不機嫌そうに見える。
「いえ、そんなつもりは……。すみません」
他意のない質問だったが、負けず嫌いの上司のプライドを傷つけてしまったようだ。己の浅はかさを悔やみ、口を噤む。僕とニアの間に沈黙が落ち、気まずさを覚えた。
「せっかくだからこの機会に使ってみたらいかがでしょう?要は慣れだから。ジェバンニが教えてあげればいいじゃない」
「いや、それは……」
助け舟はありがたいが、この状況で僕から箸の使い方を指導されるなんて、余計に屈辱を感じさせるだけだろう。そんな提案は「結構です」と却下されるのが関の山だ。
「……まあそれでもいいでしょう」
だから、髪を指に巻き付ける仕草を止めないままボソッと呟く彼の声が耳に届いて、僕はびっくりした。
「まず一本目の箸をペンを握るのと同じように持って、それから二本目を中指と薬指の間に入れて……そうそう」
ニアの目の前に箸を持つ手を持っていって実演しながら、口で説明する。僕の言う通りにすれば綺麗に箸を持つところまでは出来るが、いざそれを動かすのは難しいらしく、掴んだ餅が途中でボチャンと音を立てて器に戻ったり、あるいは片方の箸がお汁粉に沈みかけたりした。
「……」
最初の方は相槌を打っていたニアも段々口数が減り、面白くないという表情になってくる。このままではまた気まずい空気が漂いそうで、焦った。
「持ち方はとても綺麗なんです。それで、下の箸は薬指で固定したままにして、中指と人差し指だけで上の端を動かす…」
僕は自分の箸を一旦置いて、ニアの右手に両手を添えた。その瞬間、ニアの右手が僕の手の中で驚いたように跳ね上がり、箸が空中で一回転してテーブルの上にカタンッと音を立てて落ちた。
「え?」
ニアの挙動に目を瞬く。
一瞬の沈黙。リドナーとレスターも大きな音に気を取られてこちらを見ている。
「……いきなり手を掴まれたのでびっくりしたんです。触る時は事前にそう言ってください」
ニアは忌々しげにそう言うと落とした箸を拾い上げ、また右手にセッティングした。
怒っているのかと思ったが、何も言わずにそのままの態勢でいるところを見ると、指導の続きを待っているらしい。
「え…っと、失礼しました。次から声を掛けますね。ちょっと触ります……」
ニアの挙動に動揺したせいか、相手は同性でやってることは箸の使い方の手ほどきなのに、こちらが変なことをしているみたいで、落ち着かない気分になった。
その後もYouTubeの動画を観せたり直接手に触れて指導したりしたが、ニアはなかなか餅を口まで運ぶことができなかった。プラモデルの組み立ても「明日までにお願いします」なんて複雑なものはいつも僕に押し付けているし、案外不器用なのかな……?
「……もういいです。どうせ甘いものは苦手なので。少し休みすぎました。私はもう捜査に戻ります。あなた達もゆっくりし過ぎないよう」
僕がもう一度手を添えて教えている最中に前触れもなくそう言うと、ニアは叩きつけるように箸をテーブルに置き、立ち上がってさっさとリビングを出て行ってしまった。
「……まだ一口も食べてないのに。僕の教え方が分かりにくくて怒らせてしまったのかな」
急に退場したニアの背中を見送った後、僕は誰に話しかけるでもなくため息混じりにつぶやいた。
「そうじゃないのよ、多分」
僕の向かい側に座っているリドナーは調度お汁粉を食べ終わったところらしく、手を合わせて日本語で「ごちそうさま」と小さく言った。
レスターも食べ終わったようで、自分の器を持ってシンクの方に行ってしまう。
「あなたが存外遠慮がないから、照れたんじゃないかしら」
「照れるって、箸が使えないこと?確かにあの年まで一度も箸を握ったことがないのは珍しい部類だけど、初めてならあんなものじゃないかな」
「そうじゃなくて、スキンシップに遠慮がないから照れたということよ」
「スキンシップ……?教えてと言ってきたのはニアの方だよ」
リドナーは頬に手を当てると、飽きれたようにため息を一つついた。
「ニアも苦労するわね……。ま、私が口出しすることでもないわ。もう少し自分で考えてみたらどうかしら。ヒントをあげましょう。ニアは人に何かを教わるのは好きじゃないし、とても器用で飲み込みが早いわ。この前、あなたの腕時計が業務中に動かなくなったじゃない。そしてあなたはそれを外してモニタールームに置いたまま外食に出掛けた。そして戻って来た頃には動くようになっていた。あれをやったのはニアよ。ジェバンニが外出した後あの腕時計を見つけたニアに事の成り行きを教えたら、「動画で修理方法を調べた」なんて言ってピン一本でちょちょいと直してた」
「え、あれってそういうことだったの!?あれは父親から譲ってもらったもので45年以上使ってるものだから明らかに寿命だったのに、再び元気に動いてるなんて変だと思ったんだ」
「あなたが首を傾げているのが面白くて見守っていたんだけど」
リドナーはくすくすと笑う。
「教えてくれよ……。ニアに礼を言わず終いじゃないか」
「そうね、ごめんなさい。私も今思い出したし、ニアも忘れてるみたいだったから」
リドナーは手を合わせて素直に謝ってきた。
「……」
僕は口に手を当てて、頭の中の情報を整理する。
「つまり君は、あんなに長々とレクチャーしなくてもニアはすぐに箸を使いこなせたはずなのに、わざと出来ない振りをしていた……って言いたいの?」
「そういう可能性もあるだけってことだけど。だってあのニアがあんなに何かに手こずるの見たことないから。利き手と逆の手でダーツをする時以外は」
ここまで来ればリドナーが言わんとしてることは汲み取れたが、それはあまりに突拍子なく信じがたい言説だったので、一旦心の中に仕舞うことにした。
♦︎
捜査司令室に戻ると、ニアは絨毯の上に腹ばいに寝そべり、日本のロボットアニメのプラモデルで遊んでいた。僕はそちらに行き、コミュニケーションが取りやすいように屈み込む。
「ニア、お汁粉は冷蔵庫に入れときましたから、好きな時に食べてくださいね。それから腕時計のこと、ありがとうございました。さっきリドナーに、ニアが直してくれたと聞きました。何かお礼をしなくちゃ」
ニアは自分の斜め後ろに屈んでいる僕の方を、寝そべったまま顔だけで振り返った。
「腕時計?ああ、気にしないでください。捜査の息抜きに気が向いたからやっただけなので。細かい作業は好きなんです」
そしてまたプラモデルの方に顔を戻す。
「……とても器用ですね。箸だけ使いこなせないなんて不思議なくらい」
僕の言葉に、ニアの肩がピクリと動く。
「……何が言いたいんですか?」
「いえ別に。ただ、僕に教えを請う必要があったのかなと」
「……」
ニアはのそのそと上半身を起こすと、僕に向き合うように絨毯の上に座り直す。感情の揺れをごまかすように髪をしきりに弄りながら、口を開くのをしばし躊躇っている様子だった。
「……怒らないでください。ああでもしないとあなたと私語を交わす機会に与れないと思ったから」
緊張のためか、瞳がわずかに潤んで見える。
「でも途中からやたらめったら触れてくるので動揺が体の反応に出てしまいそうになり、急に事を放り投げてしまいました。あなたの教え方が悪かった訳じゃないし、教授をお願いしたのも悪気はなかったんです」
「……」
ニアの言葉がすぐには頭に入って来ず、僕はわずかに目を見開くだけだった。
「いえ、怒ってるわけでは……。ただ確かめたいことがあったので。こちらこそ変な言い方をしてしまいすみませんでした」
「気持ち悪いですね、私。男のあなたなぞに惹かれて……」
ニアはそう言うと、触れていた髪の毛をクシャッと握り崩す。そしてプラモデルを片手に起き上がると、いつも通りの猫背の姿勢でとぼとぼと歩いて行ってしまった。
『え?え?』
『うわ……』
僕は次第に状況を飲み込み、顔が熱くなるのを感じた。口元を手で覆う。
混乱する頭でニアの言動を反芻する。指導中のムスッとしたように見えた表情は、緊張のためだったのだろうか。
そして、『体が反応しそうになった』という言葉についてはあまり深く考えない方がいいかな、と思った。
コメント
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うわあ、これめっちゃいい…!デスノのニア×ジェバンニ視点のお話とかズルすぎるでしょ🔥 お汁粉でまさかの箸レクチャーからのニアの告白、悶えたわ… 普段クールなニアがわざと出来ないふりしてまでジェバンニと話したかったって設定にグッときたし、手触られた時の反応とか「体が反応しそうになった」発言とか、もう天才少女の恋する姿が尊すぎて鼻血出るかと思った(笑) しかもレスターの鏡開きエピソードでSPKメンバーの絆も感じられて、和やかな日常描写とニアの不器用な恋心が絶妙にマッチしてる。読み切りでこれだけキャラの内面描けるの、マジで才能だわ。続き読みたい…!