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よく手入れされた黒い大型のクラシックカーがロータリーに着く。
藤原夏菜はエントランスの白い柱の陰から息を殺し、それを見つめていた。
ビルの中から出てきた若いすっきりしたイケメンが後部座席のドアを開けると、長い脚が覗き、はっきりした顔立ちの長身の男が降りてきた。
年若いのに、すでに人の上に立つ者独特のオーラがある。
この会社の社長、御坂有生だ。
今だっ、とばかりに、夏菜はタッと有生に向かって走り出した。
だが、有生の許にたどり着く前に、驚くような速さで、さっきのイケメンが夏菜を取り押さえる。
「誰ですか? この娘」
と夏菜の腕を後ろにひねり上げたイケメンは、うさんくさげに夏菜を見、有生を見た。
その視線に有生は、
「……昔、もてあそんで捨てた女とかじゃないぞ」
と弁明する。
夏菜はイケメンに取り押さえられながらも、有生に向かって叫んだ。
「あ、貴方に復讐に来ました!」
だが、
「……どうやって?」
と有生は夏菜を上から下まで見る。
夏菜が所持していたのは凶器ではなく、フローズンなペットボトルだったからだ。
「あ、えーと……」
と夏菜はペットボトルを見つめ、
「こ、こうですかね」
と何度かペットボトルを上から振り下ろすように振ってみた。
が、簡単にその手を止められる。
夏菜の手首をつかんだまま、有生は溜息をつき、
「それで俺を撲殺する気なら、びっくりするくらい殴らないとな」
と幼稚園児に教えさとすように言ってくる。
秘書っぽいイケメンが、
「差し入れ持ってきた女子社員に見えなくもなかったんですが。
なにかが挙動不審だったんですよね」
と呟いたとき、有生が夏菜の後ろを見て言った。
「……女の身でこの俺に、単身向かってきたことは褒めてやろう。
だが、順番待ちだ」
「は?」
その瞬間、夏菜は秘書イケメンと有生に突き飛ばされ、地面に転がされていた。
新たに、
「死ねっ、御坂っ」
とナイフを手に突っ込んできたスーツ姿のおじさんを秘書イケメンが取り押さえる。
捕獲されたおじさんは手慣れた感じで、社内に放り込まれていた。
何人かの警備員が出てきて、何処かにおじさんを連れていく。
……地下に拷問部屋とかあるのでは、と思う夏菜には気になることがあった。
有生も秘書も警備員たちも、やけに手慣れた感じだったことだ。
まるで、日々行なっているルーティンワークのような動きだった。
姿の消えたおじさんの行く末を心配しながら、夏菜がガラス張りのロビーの方を見ていると、後ろから有生が言ってきた。
「おい、娘。
俺への復讐は順番待ちだ。
仕事でもして待っていろ」
有生に腕をつかまれた夏菜は、そのまま玄関ロビーに連れて行かれた。
受付で話していた小柄なおじさんに向かい、有生が叫ぶ。
「樫本部長。
会議のお茶出し要員がいないと言っていたな。
とりあえず、これを使え。
あとで引き渡す」
そう言われ、樫本はペコペコと有生に頭を下げていた。
このおじさん、どう見ても、この人の父親くらいの歳なんだが。
こんな大人な人たちにいつもかしずかれていたら、勘違い野郎にならないかな、この若造、と夏菜は有生を見上げる。
いや、なっているから、命を狙われているのかもしれないが。
とりあえず会社の業績は右肩上がりのようだから、お坊っちゃまのボンクラ社長ではないようだった。
有生は夏菜を見下ろし、
「うちは女子社員にお茶出しをさせない方針なんだが。
どうしてもペットボトルではすまない会議もあるからな。
それ専門に誰か雇おうと思っていたところだ」
と言ってくる。
「あ、あの、私は貴方に復讐をですね……」
と言いかける夏菜の言葉をさえぎるように、有生は言ってくる。
「お前、日本人の美徳はどんなところにあると思うか」
「は?」
「どんなときでも、行列組んで、順番を守るところだ。
先に俺に復讐に来た奴が他にも何人かいる。
順番は守れ。
お前よりもっと切実な恨みがある奴もいるぞ。
生活がかかっているとかな。
そんなひらひらした可愛い服を着られる余裕があって、なにが復讐だ」
……なんでこの人に説教されてるんだろうな、私。
「で?」
「は?」
「お前はなんの恨みで此処にいる」
「……せ、先祖の恨みですかね?」
自分でも自信がなくなりながら、夏菜はそう言った。
有生の勢いとオーラに完全に押されている。
案の定、有生はそんな夏菜の言葉を切って捨てるように言ってきた。
「そんな優先度の低いもの、いちいち相手にできるか。
っていうか、その計画性のなさはなんだ。
そんなもので俺を撲殺できるとでも思っているのか」
と殺そうとした相手に叱られる。
……はい、師匠、と言いそうになってしまった。
殺人未遂犯さえ、一瞬で従わせそうな雰囲気がこの男にはある、と思いながら、夏菜はちょっと弁解してみた。
「だ、だって、今日、復讐するつもりなんてなかったんですよっ。
なにかこう、タイミングが合わなくて、なかなか貴方に会うこともできなかったんですけど。
ちょうど飲み物買ってコンビニから出てきたとき、たまたま交差点をこの車が回ってロータリーに入るのが見えたんで」
と夏菜はガラス張りの向こう、交差点近くのコンビニを指差す。
視線でその距離を計測し、有生は、
「ほう。
ずいぶんと脚が速いじゃないか」
と言ってきた。
「すぐに反応するところもいい。
だが、いつ標的に会ってもいいように、得物は常に所持しておくべきだったな」
ちょっと褒められて嬉しかったので、また、はい、師匠、と言いそうになってしまう。
この男、こう見えて、人心掌握術を心得ている……!
「い、いやいや、そうじゃなくてですねっ。
私は貴方に復讐に来たんですよっ」
「指月」
と有生は戻ってきたさっきのイケメン秘書を――
いや、秘書なのかは知らないが、呼んでいた。
「ちょっとこいつの面倒を見てやってくれ」
と言って、さっさとエレベーターに乗っていってしまう。
やたら目力のある有生の視線から解放され、夏菜は、ふう、と息をついた。
無性に喉が乾いているのは、初めて間近で見た有生のイケメンっぷりに当てられたからでは決してない。
コンビニから疾走したせいだな、きっと、と思いながら、指月を見上げる。
指月もまた無言で夏菜を見下ろしてきた。
「……あの、ちょっと飲んでもいいですか?」
そう断ってから、夏菜は今、有生を撲殺しようとしたペットボトルを開け、一気に飲んで、ふう、と息をつく。
緊張で冷たさも気にならなかったので、強く握っていたフローズンなジュースはもうかなり溶けていた。