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徹さんと一緒にマンションの駐車場まで降りてきた私は、車の前で立ち止まった。
目の前にあるのはピカピカに光った大きな車。
車なんてずっと縁が無くて買おうと思ったこともないけれど、このエンブレムは私でも知っている。
考えてみればこのマンションだって、都心の一等地に立つ高層マンション。
やっぱり徹さんってお金持ちなのね。
私は、車と徹さんの顔を交互に見比べた。
「何してるんだ?」
「別に・・・」
何をしているわけでも無い。
ただ、自分がホイホイとお金持ちについていく軽い女に思われているようで、
「今更、男の車には乗れませんなんて言うつもりか?んなわけないよな。昨日も一昨日も俺の家に泊まったんだから」
「・・・」
何も反論できません。
「何か文句でもあるのか?大抵の女はこの車を見れば喜ぶぞ」
なぜかうれしそうに、徹さんは助手席のドアを開けた。
「そうでしょうね」
普通の女の子はきっと喜ぶ。
私だって、普通に出会って親しくなった人の車なら、喜んだと思う。
でも、今の私は惨めでしかない。
「ほら、行くぞ」
まるでお兄ちゃんがするように、肩を押しながら私を助手席に乗せてしまった。
***
「これって外車でしょ?」
車に乗ってしまえば逃出すこともできず、キョロキョロと車の中を見回した。
きっとこんな高級車にはこの先も縁が無いんだろうから、せっかくなので乗り心地を楽しむことにしよう。
私だって医者として真面目に働けば、そこそこ良い暮らしができる予定ではある。
一人で暮らすのに困ることはないと思う。
でも勤務医の給料なんてたかが知れているから、ここまでの贅沢はできないだろう。
やっぱ、徹さんは凄い人だわ。
「そんなに珍しいか?」
「そりゃあ外車なんて乗ったことがないから」
当然じゃないのと答えた私に、徹さんがちょっとイジワルそうな顔をした。
「あれ、おかしいなあ?一昨日だってマンションまで乗って帰ったじゃないか」
「あれは、体調も悪かったし・・・」
なんだか馬鹿にされたようで、言葉に詰まった。
あの日のことは言わないで欲しい。
初対面の人の車で寝込んでしまって気がつけば朝だったなんて、あまりにも無防備過ぎた。
私にとっては人生最大の汚点。
「確かに、ぐっすり寝てたな」
追い打ちをかけるように、徹さんが笑っている。
「・・・意地悪」
さすがに恥ずかしくなり、プイと顔を外した。
***
むくれてしまって窓の外に視線を向ける私を、徹さんがチラチラと見ている。
信号で止る度に何か言いたそうにするけれど、言い出せないまままた車が動き出す。
そんなことを何度か繰り返した。
これだけのお金持ちで一流企業に勤め、見た目だって悪くなければきっともてるだろう。
でも徹さんからは、遊び慣れた感じはしない。
どちらかというと、女性に不慣れな感じ。
もちろん、私自身もそんなに恋愛経験があるわけでは無いけれど。
ちょっとかわいいな。
心の中で呟いた。
年上の男性にかわいいなんて失礼かも知れないけれど、少し不器用な感じがとても良い。
もしこれをわざとやっているなら最低だけれど、そうじゃないと信じたい。
一人妄想を巡らせながら、私は窓に映る徹さんを見ていた。
「お腹すいてるなら、先に食事に行くか?」
やっと声がかかったのは、鈴森商事の本社ビルが見えるようになってからだった。
「私はまだ大丈夫。仕事があるんでしょ?」
休日に出て行くくらいだから急ぎの仕事だろうし、先に済ませた方が良いと思う。
「そうだな。メールを何件か確認して返事をするだけだから」
「そう。私は車で待ってましょうか?それとも、」
近くにコンビニや時間のつぶせそうな店があれば待っていると言おうとしたのに、
「良かったらついてきて」
「でも・・・」
部外者が勝手に入ったらまずいでしょう。
誰かに見つかったら徹さんが困るのに。
「大丈夫、今日は休日だから人も少ないし。終わったら食事に行こう」
「うん」
ちょうど車が地下の駐車場に止り、私は徹さんの後について鈴森商事に入った。
***
「悪いけれど、ここで少し待っていて」
そう言われて私はソファーに腰を下ろした。
地下の駐車場からエレベーターでビルの最上階へ。
そこからは絨毯張りの廊下を進み、徹さんのオフィスにやって来た。
徹さんの言う通り休日のオフィスは静まりかえっていて、誰にも会うことはなかった。
「ここって、徹さんの部屋?」
広さは8畳ほどで、デスクとソファーとテーブルが置かれたスペース。
すべてが綺麗に片づけられていて、余計なものは何もない。
そう言えば、徹さんのマンションも綺麗だった。
男性の一人暮らしのくせに、私の家より綺麗だなって思った。
「ここは社長秘書室」
「へー.」
って事は、奥の扉の先が社長室。
なんだか私、凄いところに来てしまったみたい。
「いいの?部外者を入れて」
「見つからなきゃ、問題ない」
「そんなあ・・・」
後で叱られたって知らないから。
早速パソコンを広げ、仕事を始めた徹さん。
私はキョロキョロと辺りを見回した。
***
なにやら真剣な表情でパソコンを睨み、時々メールの返事を打っている徹さん。
作業を初めて10分ほどして、
「ん?.」
徹さんの手が止った。
さっきまでご機嫌だったのに、今は眉間に皺が寄っている。
どうかしたの?
そう声をかけようとして、やめた。
きっと仕事上のトラブル。私が口を出すべきことじゃない。
ピコピコピコ。
携帯を操作し、今度は電話をかけはじめた。
「香山だ。・・・ああ、見た。・・・そうか。・・・で?」
私をからかっているときとは別人のような厳しい表情。
「ダメだ。これでは話にならない。やり直してくれ」
冷たく言い、電話を切った。
どうやら、トラブルのようね。
そりゃあこれだけの大企業の中枢にいれば、色々あって当然。
大変な仕事だなあ。
「悪い。もう少し掛かるけれど、待てる?」
少しだけ穏やかな表情で私を見る徹さん。
「うん、大丈夫」
子供じゃないんだから、ご飯くらい待てるし。.
***
それからしばらく、徹さんはパソコンに向かっていた。
その時、
トントン。
突然ドアをノックする音。
え?
思わず、腰が浮いた。
ここに私がいたらまずいんじゃないかと体が反応してしまった。
「いいよ、ここにいて」
私に声をかけて、徹さんがドアを開ける。
「失礼します」
少し息を切らした若い男性の声。
部屋に入り、私を見て男性の足が止った。
不思議そうに、私と徹さんを交互に見ている。
「で?」
何か言いたそうな男性を無視して、徹さんが話を促す。
一見学生にでも見えそうな若い男性。
私と同じ年くらいかな。
少し茶色い髪と、整えられた眉。
いかにも若者って感じで、徹さんとは随分印象が違う。
「来月のアメリカから来る取引先とは大口の契約を視野に入れているから、きちんと手配をしてくれって言ったよな?」
なかなか切り出さない男性に、徹さんの方が詰め寄る。
「はい」
「じゃあ何でこんなスケジュールになるんだ?」
「それは・・・」
「今回の鍵を握るのは相手企業の副社長だ。そして、彼は愛妻家で、今回も婦人が同行してくる」
「はい」
わかっていますと言いたそうな男性。
「わかっているならやれ。すべてやり直しだ」
「ぇぇー」
男性の小さな呟きが私にも聞こえた。
咄嗟に徹さんを見てしまった。
もしかして怒り出すかも、そう思った。
しかし、
「小熊」
それは冷たい声。
***
「言いたいことがあれば言え」
決して怒るわけでも無く、少し語気を緩めた徹さんが小熊と呼ばれた男性を見ている。
「では。今回の訪日が今後の契約を見据えた物なのはわかっているつもりです。視察も会議も無駄なく組み込みましたし、ホテルも交通の便がいい一流の所にしました。食事も和洋中バランス良く入れましたし、問題ないと思います。それに、ホテルもレストランもなかなか予約が取れなくて苦労したんです」
さっきまで萎縮していたくせに、堂々と話す小熊さん。
「フーン。それで?」
「今さら変更なんてできません」
はっきりと言い切った。
凄いな。
こんなに威圧感出されても、きちんと主張できるのがうらやましい。
でも、
「はあー」
デスクに座り、額に手を当てた徹さんの溜息が聞こえてきた。
「お前は、副社長の奥さんがベジタリアンなのを知っているか?」
「はい。もちろん調べました。でも副社長は無類の肉好きで」
「じゃあ、あの夫婦の趣味が旅行で、特にアジアが好きで、日本に何度もやって来ていることは?」
「いえ・・・」
「奥さんは畳の部屋が好きだからって、日本旅館や民宿に泊るんだ」
「・・・」
「それに、このスケジュールは詰め込みすぎだ。ホテルと会議場や視察先の往復だけじゃあ日本に来た意味が無い」
「・・・」
「大体、奥さんは会議の間ずっとホテルで待つのか?その辺の配慮も全くされていない」
「・・・」
次々に飛び出す指摘に小熊さんが小さくなっていく。
「それに」
「えぇ?」
まだあるのかと、小熊さんの口から声が漏れた。
***
「副社長は胃潰瘍の手術後で、脂っこい食事を止められている」
「そんな・・・」
どうやら知らなかったらしい小熊さんは、驚いた顔をした。
「どうだ?これでもこのスケジュールで行くって言うのか?もしそうなら、お前を秘書課から営業に戻すぞ。この程度の配慮もできないような人間に秘書なんてつとまらない」
「・・・」
かわいそうなくらいしょげてしまった小熊さん。
「どうする、俺がやろうか?」
キリッとした表情を崩すこと無く小熊さんを見る徹さんは、私の知らない顔をしている。
きっとこれが仕事の時の徹さんなんだ。
正しくて、厳しくて、少し怖いけれど信頼できる上司。
「すみませんでした、もう一度やらせて下さい」.
小熊さんが頭を下げた。
「よし、来週中に出してくれ。副社長夫婦のなじみの店をリストにして送っておく」
「はい、ありがとうございます」
ホッ、なんとか収まったみたい。
「今日は早めに帰れ。大体、休日出勤なんて認めてないからな」
「はい」
チラチラと私を気にしながら、小熊さんは部屋を出ていった。
「じゃ、行こうか?」
いつの間にか机の上も片づけていた徹さんが立ち上がる。
「あ、はい」
もう2度と来ることの無いだろう秘書室を出て、私達はもう一度駐車場に向かった。
***
「ここ?」
連れてこられたのは都内の公園に隣接する大きな建物。
広い敷地の周囲を壁で囲まれていて外からは全く見えないけれど、門をくぐると緑に囲まれた別世界が広がっている。
「会員制のクラブなんだ。ここなら何を食っても旨いから」
「へえー」
店員さんに案内され、庭の見えるテラス席へ。
「うわー、凄い」
テラス席に座り、目線を下げて見渡す庭は都会とは思えない清々しさ。
深呼吸するだけで、自然の香がして気持ちいい。
「何にする?和食もあるけど、オススメはクロワッサン。ここで焼いてるから凄く旨いよ」
フーン。
自家製クロワッサンか。
「美味しそう。私はそれで」
後は、玉子とソーセージとサラダとフルーツ。
すべて徹さんのオススメを選び、注文は即決した。
「ここってよく来るの?」
運ばれてきたコーヒーを飲みながら、気になっていた事を聞いてみた。
「うん、時々ね」
「へー」
やっぱり、徹さんってお金持ちなのね。
***
「サラリーマンの俺が、こんな所に通っているのが意外?」
「え?」
図星をつかれ、返事に困った。
確かにここは、普通の会社員には縁のない場所に思える。
大体、高級マンションも外車も、かなりの収入か資産が無ければもてるものではない。
「実は、俺の両親が資産家の娘と息子でね。俺は2人の遺産と保険金を全部相続したんだ」
「だから、お金持ちなのね」
やっと腑に落ちた。
「だけど、俺は普通だよ。生活は自分の給料でまかなっているし、贅沢をしているつもりも無い。マンションはおやじの実家の建物だし、車は昔からの付き合いで断れなくて乗っている。この店は社長に連れてこられてから気に入って、会員になったんだ」
俺は普通だと一生懸命説明する徹さんがかわいい。
もっとお金持ちを自慢すればいいのに。
そうしないところが徹さんらしいけれど。
「徹さんは社長さんにかわいがられているのね」
この歳で社長秘書なんてよほど信頼されているんだろうし。
少しの間だけれど仕事ぶりを垣間見て、評価され信頼されているんだなあと感じた。
「社長は、俺の命の恩人。父親みたいな存在だから」
「命の恩人?」
予想もしなかった言葉に、聞き返した。
***
「俺の両親は20年前に亡くなったんだ。俺がまだ小学生の時。その半年ほど前におやじの会社が倒産して、やっと事後処理が終わってまた一からやり直そうって時におやじは交通事故で亡くなった。周りの人間は、元々金持ちの息子として温々と育ったおやじが会社を失い失意の果てに自殺したと言ったけれど、俺は違うと思った。でも、誰も聞いてはくれなかった。おやじの親友だった社長以外は」
「社長さんはお父様の親友だったの?」
「ああ。家族ぐるみの付き合いでかわいがってもらった。おやじが亡くなって半年後にお袋が亡くなったときには、ひとりぼっちになった俺を引き取ってくれたんだ」
「へー、親戚でもないのに凄いわね」
「そうだな。当時、おやじの実家もお袋の実家も代替わりしていて俺が行っても肩身が狭いだろうと思ったんだろう。実際、会社がつぶれて自殺したと思われていたから、歓迎はされていなかったし。俺は社長の家で、中学卒業まで実の子同様大事に育ててもらったんだよ」
「ふーん。社長さんって素敵な方ね」
「ああ、厳しいけれどいい人だ」
私だって人並み以上に苦労はしてきているつもりだけれど、徹さんも大変だったのね。
そう思うと、少しだけ見方が違ってきた。
「ほら、冷めないうちに食べるよ」
「うん」
運ばれてきた朝食を食べながら、私は香山徹という人に興味を持ち始めていた。
***
「この後は不動産屋を回って、午後からアパートに行こう」
「うん」
朝食を食べ終え、コーヒーを飲みながら今日の予定を確認。
順調にいけば、今日にでも新しい部屋を決められる。
さすがにすぐには引っ越せないだろうけれど、来週くらいにはなんとかしたいなあ。
と言うことは、1週間はホテルか医局生活。
あ、荷物どうしよう。
医局に置けるかなあ?
「オイ」
「ああ、ごめん」
「また考え事?」
ちょっと呆れ顔の徹さん。
「うん。アパートが決まったとして引っ越しまで荷物をどうしようかなって思って」
「うちにいればいいだろう」
「はああ?」
それは、できないよ。
あまりにも図々しい。
「いつ具合が悪くなって倒れるかわからない人間を放り出せるわけがないだろう。陣も来週じゃないと帰ってこないらしいし、しばらく家にいればいい。せっかく布団も買ったことだしな」
「でも・・・」
「とにかく、今夜はうちに帰る。心配なら、夜になってから陣に打ち明ければいいだろう。そのためにも、次のアパートを決めて引っ越しの手配もしないとな」
「そうね」
今お兄ちゃんに話せば、絶対に怒られる。
せめて次に住むところを決めなくちゃ。
「あれ、徹?」
コーヒーをほぼ飲み終え席を立とうとしていたとき、背後から女性の声がした。
***
「おはよう」
「ああ、おはよう」
なんだか面倒くさそうに、挨拶をする徹さん。
声の主が女性なのはわかったけれど、私は振り向いて良いものか悩んだまま固まっていた。
「珍しいわね、徹がこんな時間に」
女性の方も私を気にしているのはわかる。
さあ、どうしたものかしら。
下手に名乗るのもどうかと悩んでいると、
「初めまして、青井麗子です」
女性の方が私の前に回ってきた。
「あ、初めまして。長谷川乃恵と言います」
一応立ち上がり、ペコンとお辞儀をした。
「長谷川・・・さん?」
「はい」
ジーッと私を見つめる女性。
それにしても、綺麗な人。
モデルさんかなぁ。
一般人にしては美しすぎる。
「オイ、大丈夫か?」
徹さんが目の前で手を振っている。
「ああ、うん」.
生まれて初めて女性に見とれてしまった。
「ねえ、もしかして、陣の?」
女性が徹さんに聞いている。
え?
なんでここでお兄ちゃんの名前が出るの?
***
「じゃあ、麗子さんもお兄ちゃんの同級生ですか?」
「そうよ」
空いていた私の隣に麗子さんが座り、お互いの自己紹介を済ませてテーブルを囲んだ。
「名字を聞いただけで妹ってわかったんですか?」
「うん。目元とか、陣に似ているから」
ふーん。
そうなんだ。
今までお兄ちゃんの知り合いに会う機会がなかったから、初めて言われた。
「お前、時間いいのかよ」
いかにも行ってくれと言いたそうな徹さん。
「大丈夫。孝太郎とは昼に待ち合わせているの」
面白そうに徹さんを見る麗子さん。
「仲がいいんですね」
こんな綺麗な人に敵うわけもないけれど、なんだかモヤモヤした気分になってしまった。
「あのね、私も鈴森商事に勤めているのよ」
麗子さんが私の方に視線を向けた。
「こいつ、うちの専務の婚約者なんだ」
徹さんが説明してくれる。
でも私はそれ以上に、徹さんが麗子さんをこいつって呼んでいることに引っかかった。
「鈴森商事の専務って、徹さんが一緒に育ったって言っていた社長の息子さん?」
「ああ」
って事は次期社長。
凄ーい。
***
「やっぱり乃恵ちゃんは陣に似ているわね」
運ばれてきたコーヒーを飲みながら、麗子さんが私を見ている。
「散々話だけ聞かされていたからな。実物を見て感慨深いだろ?」
徹さんは普通に話しているけれど、私は首を傾げてしまった。
「あのね、私達は陣からあなたの話ばかり聞かされていたのよ。あの頃の陣は、家族のためにバイトを5つも掛け持ちして寝る間を惜しんで働いていたんだから」
「はあ」
その話は徹さんからも聞かされた。
昔から別々に暮らしていたからよくわからないけれど、想像はできる。
お兄ちゃんは働き者だもの。
だからこそ、私は医学部に行けたんだけど。
「そう言えば麗子、陣のこと好きだったよな」
え?
いきなりの徹さんの爆弾発言に、
「そうね」
肯定してしまう麗子さん。
嘘、ありえないし。
フフフ。
私の反応を見て不適に笑う麗子さんが、とってもキュート。
お兄ちゃんと同い年ってことは、31でしょ。
やっぱ美人って特だわー。
***
「陣って、モテるのよ。高校の時からすごく人気があったの」
へぇー。
意外だな。
「やんちゃな振りして仕事は真面目だし、意外に優しいし、それに一途だから」
「一途?」
なんだかピンと来なくて、聞き返した。
「そう、家族のために生きてるところがかっこいいの」
「え?」
持っていたカップを落としそうになった。
「本当よ。陣は自分のことよりもあなたとお母さんのことをいつも心配していたの」
「そんな・・・」
無意識に私の声が震えていた。
「私ね、これでも学生時代はずっといじめられていたの。正直辛かった。でも、徹と陣だけは普通に接してくれた。2人がいなかったら、私は今こうしていない」
「麗子さん」
これだけの美人なら、きっと目立ったことだろう。
いじめられたのも想像できる。
恵まれた人にもそれなりの苦労があるのね。
「私にとって陣と徹は特別なの」
はっきりと言い切った顔は凜としていて、カッコイイ。
それに、麗子さんにとって徹さんが特別な存在なら、徹さんにとってもそうなんじゃないだろうか。
さすがに親友の婚約者とどうこうってことはないだろうけれど、これだけ綺麗な人が近くにいれば、女性にもとめる基準だって高くなるはず。
「オイ、またボーッとしてる」
「ああ、ごめん」
「本当に大丈夫か?」
徹さんが、接近し顔を覗き込もうとする。
「大丈夫だから」
恥ずかしくて顔を赤くしてしまった私の横で、麗子さんが笑っていた。