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ダンジョンが攻略されない前提で、のこのここっちに来るこの姉妹が悪いのではないか?
……と、わざわざ言わなくていい言葉が喉まで出かかったが、ぐっと飲み込む。
「ん、過ぎたことは仕方ない。大丈夫、姉上。お父さんもお母さんも特に気にしてなかった」
「勝手に何も言わず飛び出した私が悪いんだけど……心配ぐらいしてくれても……」
「ムリ。姑息で陰湿で根暗な姉上を心配したところで、しぶとくどこかで生きてるって皆分かってる」
「ワァッ、妹から素直な罵倒。お姉ちゃん泣いちゃいそう」
よしよし、とカレンがリシルの頭を撫でる。
撫でられながらも、リシルはどこか満足そうに笑みを浮かべていた。
……流石のカレンだ。飴と鞭の使い方が妙に上手い。
「それでね~、魔界に帰れないって分かったから……こっちの世界で生き残ろうと頑張ったんだよ~」
「急に話戻るんだね」
「ん、姉上との会話はキャッチボールじゃなくて野球」
「幻影魔法で人間に姿を模してー……科学に魔法を合わせて遊んでたら色々な国の偉い人とか技術者とかに囲まれていっぱい教えてた!」
……なるほど。
ゴールドで経済が回り始めたのも、魔石絡みの技術が急速に整ったのも、その裏にリシルがいたからか。
私が一人で(あー、色々繋がったなぁ)と頷いていたところで、家のドアが勢いよく叩かれた。
「沙耶、誰か来たみたいだよ」
「んー? 誰とも会う予定なんて無いんだけどなぁ……」
首を傾げながら、沙耶が玄関の方へ向かう。
魔力でざっくり見てみると、複数の人間の気配。
嫌な予感しかしないので、私も後ろからついていった。
「はーい……どなたですかー?」
沙耶がドアを開けると、そこにいたのは、身なりの汚い中年男と、その後ろに並ぶ六人の取り巻きだった。
全員、私の顔を見るなり、あからさまに憎悪を滲ませた視線を向けてくる。
先頭の男から漂う体臭が鼻を刺す。
……単純に臭い。ゴブリンといい勝負だ。
「あんたが『銀の聖女』か」
「……誰? 沙耶、知ってる?」
「うーんと……七海さーん! 名簿持ってきてー!」
「承知っすー!」
七海が紙束を抱えて走ってくる。
顔写真と住居が並んでいるから、この集落の住民名簿だろう。
「あー、あったあった。小牧さんだね、何の用?」
「何故もっと早くに教えなかったんだ!!」
突然、怒鳴り声。
汚い唾が飛んできそうだったので、私はさっと腕を出して、沙耶と中年の間に距離を作らせた。
「お前が知ってたって言ったな! ふざけるなよ!! もっと早くに教えてれば儂らが飢えで苦しむことなんてなかったんだ!!」
「……何の話? もっと具体的に、分かりやすく、簡潔に言ってくれない?」
「モンスターが食える事だ!! 何でもっと早くに教えなかったんだ!?」
ああ、なるほど。
この中年と取り巻きは、どうやら空腹らしい。
――だからと言って、「お腹が空いてると怒りやすくなるよね、仕方ないね」と笑って受け流すほど、私も聖人じゃない。
「あの、小牧さん。食料は全員平等に同量支給しているはずですが」
「あんな少量で足りるわけがないだろ!? 小娘が威張って仕切りやがって……年長者をもっと敬え!!」
周りの男たちも、「そうだそうだ」と囃し立てる。
口々に不満を吐き出しているが、耳を澄ますまでもなく、すべて“食料”に関することだった。
――ふぅん。
「……ねぇ、沙耶。この人たちは何でキレてるの?」
わざとらしく首を傾げて、少し大きめの声で問い掛ける。
分かっていて言っているのはバレバレだろうが、それでいい。
沙耶は苦笑いを浮かべ、「これかぁ」という顔をした。
「こっ、の……小娘が……!!!」
「さっきさ、飢えで苦しんだって言ったけど本当?」
「言った通りだ!!」
「毎日3食分の配給がされてるのに? それって本当に飢えなの?」
魔力をほんの少しだけ滲ませながら、一歩前に出る。
胸の奥から、じわじわと怒りが湧き上がってくるのが分かった。
「飽食の時代に生まれ育って、食に困ることなくのうのうと生きて来た人間に飢えが分かるの? そのだらしない腹で?」
回帰前の話だけど――私は嫌というほど、飢えを知っている。
アイテム袋も、戦闘用の携帯食も持っていなかった頃。
ダンジョンの規模を見誤って、持ち込んだ食料が尽きた。
猛烈な空腹を感じているうちは、まだマシだった。
洞窟型のダンジョン。周囲に草も木もない。口に入れられるのは壁に付いた夜露くらい。
次第に、空腹自体を感じなくなってくる。
気温は変わっていないはずなのに、暑くなったり寒くなったりを繰り返して、手足の感覚が遠のいていく。
剣を握る力すらなくなって、布で手に剣を縛りつけて、ゾンビのようにふらつきながら前に進んだ。
剣を振るい、転び、起き上がれなくなって、床を這って――。
文字通り、死力を尽くしてダンジョンを攻略した。
外に転送されてからも立ち上がる力なんて残っていなくて、そのまま地面に生えていた草を、土ごと掴んでむしゃぶりついた。
あの時ほど、土と草を美味しいと思ったことは、後にも先にもない。
「本当に、死ぬほど飢えてたなら何でモンスターを食べようとしなかったの?」
「そっ、それは食えると知らなかったからだろ!!」
「昔の人ってさ、食べれるか食べれないか最初から知ってた訳じゃないよね。
食べるものが無くて、あるのは見たことのない何か。食べれるかどうかなんて知らないけど、飢えには勝てなくて口に運ぶ。
食べれなくても調理法を模索して、食べれる方法を探した。
そうやって今の私たちの“食べ物の知識”があるんでしょ?」
早口で、一切笑わずに捲し立てる。
目の前の中年たちの手を見る。
傷だらけの手でも、武器を握り慣れた指でもない。
戦闘職ではない。かと言って、生活基盤を支えているような“職人の手”にも見えない。
「偉そうに講釈垂れやがって……」
「うん、私にはその権利があるからね」
にっこりと、あえて笑って言う。
「この集落に住んでいる皆が受け取っている配給の食料ってさ、私の懐のお金で買ったから」
ぽかんと口を開ける中年たち。
理解が追いついていない顔だ。
「分かる? 配給している食料は全部私のお金で買った物。つまり所有者は私。
あなた達は、私たちの“善意”でタダで食料を貰ってるんだよ?」
そこでようやく、彼らの顔から血の気が引き始めた。
――そう。これは、食料を“人質”にした脅しだ。
あたかも配給すら自分たちの当然の権利だと言い張りそうな勢いだったから、こっちも手段は選ばない。
「そうだね。これを機に本当に飢えてみるのはどう? 沙耶、ここにいる人たちの配給を――」
「す、すまなかった……!」
止める、と言おうとした私の言葉をかき消すように、先頭の中年――小牧が小さな声で謝罪した。
でも、その声量じゃ聞こえない。
「んーーー? なんか言った?」
「怒鳴り散らして申し訳なかった!! 儂らが悪かった……。だから、配給だけは……」
ふぅ、と小さく息を吐いて、私は沙耶のほうを見る。
私の背後で、沙耶はちょうど欠伸をしようとしていたところらしく、気まずそうに口を押さえていた。
まるで、「正直どうでもいい」と言いたげな表情だったので、おでこに軽くデコピンしておく。
「こんな朝から人の家に押し掛ける元気があるんだったら、モンスターの解体でも手伝ってきたら?
1日手伝えば肉1ブロックぐらいは手間賃として渡してるはずだよ」
「ん~。そうだね、集落の掲示板に書いてあるはずなんだけど……」
七海と小森ちゃんも、その話は当然知っている顔で頷いた。
中年たちの肩が、どんどん小さくなっていく。
ここから先は、本当にただの“いじめ”になってしまうだけだ。そろそろ引き際だろう。
「働かざるもの食うべからず、だよ。
今回の件は聞かなかったことにしてあげるから、お腹が空いてるなら解体場の方に行ってきな」
「はっ、はい……ほんと、すいませんでした……」
頭を下げ、小牧たちはぞろぞろと解体場のほうへ歩いていった。
背中が見えなくなったところで、沙耶がふぅっと肩の力を抜き、半眼で私の顔を覗き込んでくる。
「お姉ちゃんは優しいねぇ。問答無用で首跳ねなくて良かったの?」
「発想がすっごい物騒だね……。特に暴力を振るってくる感じじゃなかったから言葉だけで済ませたけど……沙耶ならどうしてた?」
「うーん。てきとーに聞き流して、次のモンスターの襲撃の時に最前線に出てもらうかなぁ」
光の灯っていない目で、遠くを見ながら沙耶が言う。
その横顔を見て、胸が少し痛くなった。
私がいない5年間。
こういう輩に、何度も何度も絡まれたのだろう。
一人が大きな声で不満を漏らすと、周りがそれに同調して膨れ上がる。
放置すれば集団不満になり、暴動にも繋がる。
それを恐れて、沙耶は“表に出ない形”で処理してきたのだ。
まだ若いのに、そんな役割を背負わせてしまったことに、罪悪感が込み上げる。
私はそっと沙耶を後ろから抱きしめ、頭の上に顎を乗せた。
沙耶は、少し驚いたように肩を跳ねさせたあと、すぐに緩んだ顔で笑って、私の腕に頬を擦り寄せてくる。
じゃれ合うように、少しだけ長く抱きしめ合ってから、私たちは家の中へ戻った。