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「なんか揉めてたみたいっすけど、大丈夫っすかー?」
リビングに戻ると、ソファにだらーんと座っていた七海が、手足を投げ出したまま私たちに声をかけてきた。
3人ともいつも通りの顔をしているあたり、ああいうのはもう日常茶飯事なんだろう。
「うん、お姉ちゃんが良い感じに言いくるめて、解体場送りにしたよ」
「……えっ? 配給にあの人たちのお肉が並ぶんですか?」
「ウチは反対っすよ!!」
「沙耶。言い方が悪すぎるよ……」
にしし、と沙耶が悪戯っぽく笑う。
それからしばらく他愛もない話をして過ごしていたが、特に何か起きることもなく、時間だけが流れ、気付けば昼前になっていた。
そろそろ皆も動き始めるか――と、ソファに根付いた重い腰を上げたところで、チャイムが鳴った。
また来客だ。
ドアスコープを覗くと、厳つい顔の老人と、目の下の隈がひどいサラリーマン風の男が立っていた。
相田さんと林さんだ。ドアを開けると、相田さんがいつも通りの調子で話しかけてきた。
「おう! 沙耶の嬢ちゃ……? なんか急にデカくなったな!?」
「沙耶ー。相田さんが呼んでるよー」
「今行くー!」
リビングから声が返ってくる。
相田さんが私の顔を見て、首を傾げた。何故か分からないので、とりあえず私も首を傾げておく。
「相田さん~、会合お疲れ様~」
「おい、林。沙耶の嬢ちゃんが2人いるぞ?」
「協会長。私にも2人に見えます」
「ねぇ、沙耶。相田さんたちに、私が帰ってきたこと伝えたの?」
「あっ……!」
本当に今思い出しました、という声だった。
……さては、何も言ってないな? ほら、林さんなんて、完全に亡霊を見る目でこっち見てるし。
どう挨拶するか少し迷ったが、結局いつも通り、手を前に差し出した。
「久しぶり、相田さん。戻ってきたよ」
「……ッ! 嬢ちゃんか!! いったい今までどこに行ってたんだ……!」
ぎゅっと、固い握手。
林さんもようやく理解したらしく、目元をハンカチで押さえながら、ほっとしたように笑っていた。
安堵と疲労が混ざった相田さんの顔を見て、沙耶の言っていた「会合」の雰囲気を察する。
「あらら……見た感じ、会合の様子も悪かったっぽいし、とりあえず上がって~」
沙耶が2人を手招きし、家に招き入れる。
そういえば、この2人は海外に行って、日本への武力介入を止めるよう交渉していたんだっけ。
戻ってきたということは、何かしら結果を持ち帰っているはずだ。
「あー! おっちゃん! 久しぶりっす!!」
「七海さん……一応、日本では総理に次ぐ権力者なんだから、おっちゃん呼びは流石に……」
アイスを食べながら相田さんに手を振る七海。
あまりにもフランクな態度に、小森ちゃんが眉をハの字にして注意しているが……まあ、七海が素直に改めるとは思えない。
会社員時代も、会社の社長のことを“組長”と呼んで、課長に3時間説教されても呼び方を変えなかった奴だ。
「……ん? 老いた人間。久しぶり」
「おー、全盛期時代の『銀の聖女』が勢ぞろいじゃねぇか。こりゃこの老いぼれも長く生きた甲斐があったってもんだ」
相田さんが腰を下ろすと、会合の内容を話し始めた。
どうやら、今の日本の立場はかなり厳しいらしい。
「自国を守る戦力を持たない、弱い国」と見られている、と。
その結果、「日本を守ってやる」という名目で、各国が自国のハンターを日本に送り込み、日本のハンターごと囲い込もうとしているらしい。
特にアジア近隣諸国からの圧力が強く、数の暴力で押しかけてきているそうだ。
既に九州一帯はほとんど乗っ取られているとのこと。
ここまで荒廃しているのも、どうやら日本だけらしく、それがまた日本の立場を悪くしている要因にもなっているらしい。
「で、日本へのハンター派遣を止めてほしければ『力を示せ』って話になってな。各国代表のハンターを出して試合をすることになっちまった」
国家間の親善試合――という名目の、疑似戦争。
昔はスポーツの金メダルの数でマウントを取り合っていたのが、そのままハンター同士の直接対決になっただけだ。
相田さんが一番懸念しているのは、日本側で動かせる戦力があまりにも少ないことだろう。
他国に抱き込まれていない、自由に動ける強者が、ほとんど残っていない。
「過去にもそういう話があったんだけどねぇ……私たちは動けないし、日本で活躍してたパーティーもほとんど他国に囲われちゃったし」
「そうっすねぇ。ウチらの次に強かった『開拓者《フロンティア》』なんて、秒で日本を見捨てたっすからね」
「……いたっけ? そんなパーティー……」
頑張って思い出そうとしたが、まるで印象に残っていない。
顎に手を当てて唸っていると、相田さんが続けた。
「なんとか今までは言い訳して逃れていたが、さっきの会合では通じなかった。親善試合を組まされちまったよ……。嬢ちゃんたちに無理を言って出てもらおうと思っていたんだが、お前さんがいるなら話は別だ」
そう言って、相田さんが私を指差す。
――正直、乗り気ではない。
魔界で過ごした五年間で、私はあまりにも強くなりすぎた。
真面目にやれば、子ども相手のスパーリングみたいな試合にしかならない。
言い淀んでいると、沙耶が不思議そうに私を見る。
「……何をそんなに悩んでるの?」
「うーん……。実力が離れすぎてるんだよね……。私も魔界で遊んでた訳じゃないからさ……」
「それに何の問題があるんすか? ぼっこぼこにすればいいんすよ!」
何も考えていない(ようにしか見えない)七海が、満面の笑みで言った。
小森ちゃんも、こくこくと真面目に頷いている。
「そっか、実力が離れてるなら……付けさせればいいじゃん」
ぽん、と答えが降りてきた気がした。
私が魔界で得た技術や、魔力の扱い方、戦い方を、ちゃんと言語化してみんなに教える。
そうすれば、日本のハンター全体のレベルアップにも繋がるし、全体が底上げされれば“試合”として見られる程度にはなるかもしれない。
「沙耶、前に配信とかやってたよね? 今もできる?」
「お姉ちゃんが居なくなってから毎日やってるよ……お母さんのチャンネルでだけど、簡単な近況報告みたいな感じ」
「うぐ……ごめんて……。今日まだやってないよね? そこに私も映して」
「いいよ~。じゃあ今から配信するから、外出よっか!」
沙耶が立ち上がり、スマホを手に取る。
私も席を立ち、窓の外、よく映える庭先をちらりと見た。
――よし。
帰ってきたからには、やるべきことは山ほどある。まずは、世界に“帰還報告”といこう。