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高校生の間は大して動く事も出来なくて、ちゃんと動けるようになったのは、高校を卒業してからだった。特務調査局の阿部亮平を調べ始めてから分かったのは、なんの情報も得られない、ということ。
当然のことながら、阿部亮平を知っている人物を見つけることはできる。だが、会う人会う人が口にするのは、「優しい」「可愛らしい」「誠実」「真面目」「賢い」「礼儀正しい」「かっこいい」「キレイ」など、性格や外見のことばかりだった。
彼の異能についての情報が簡単に見つかるはずもない。
それから一年後、特務調査局のあるビルの一階にカフェができた。名前はスノードロップ。カフェのマスターは、新たに特務調査局へ加わった人物という話だった。念のため、近づく時には《変容》の異能を使い、全く別の人間の姿をしてから中に入る。
中は、レトロでアンティークな感じのカフェだった。
🧡「いらっしゃい」
明るい、関西訛りの声。
20代後半の女性の姿で中に入った。
「あ、初めてなんですけど、いい雰囲気ですね」
🧡「ありがとうな。ここ、いっぱい内装とかメンバーに手伝ってもろて」
「メンバー?」
🧡「ああ。俺な、上の特務調査局の一員なんよ」
「特務調査局……それって、なんなんですか?」
🧡「興味ある? カウンター座る? 他にお客さんもおらへんし、話す?」
「あ、じゃあ」
通されたカウンターで、コーヒーの注文をする。よく分からないから甘めのを頼んでみた。出されたミルクラテは、ほどよい甘さで美味しい。
「うまっ……あ」
🧡「ええよ、口調くらい崩してもろて。で、なに? 特務調査局、興味あるん?」
「はい、まあ。あんまり聞く事のない名前だから」
🧡「せやね。俺らはまあ、異能に関係する事件とか不思議なこととか、そういうんを調査したり、解決したり、制圧したりっちゅーのが仕事やね」
「だから、特務調査局なんですか?」
🧡「せや。理由聞いたら、まんまやろ。ふっかさん、結構、単純なんよな」
「ふっかさん?」
🧡「うちの局長やっとる。ま、局長なんて名前だけやけど」
「へえー」
カランと音が鳴って、別の客が入ってくる。
🧡「あ、いらっしゃい! 好きな席、座ってください!」
そう言ってマスターは客の方に行き、衣吹は再びミルクラテを飲む。
「マジで美味いな……普通に常連になれそ」
それから衣吹は毎回、姿を変えて、週に一度はスノードロップに足を運ぶようになった。
半年くらいは毎度、違う人物で行っていたが、通い続けて気付いたことがある。向井康二という男、最初からフレンドリーなことには変わりない。けれど、時間が経つと常連になる客もいる。そういう人とのコミュニケーションの取り方が違った。
もっと気さくになり、いろんなことを憶えているようになる。
だから衣吹も、その手法を取る事にした。遠く離れた場所で変容によって姿を変え、そのままタクシーで移動してスノードロップに入る。異能を使おうとしなければ姿は解除されないが、ふとした瞬間に別の人間になるのも困るから。
今回は、衣吹が普通に過ごせるように、大学生の男性を選んだ。衣吹とは似ても似つかない顔の、小柄で明るそうな人物。これなら無理なく話せそうだ。
カフェに入ると、聴き慣れたドアベルの奥から向井の声が聞こえる。
🧡「いらっしゃい。お客さん、初めてやね」
「どうも」
促されるままに、カウンターの席に座る。衣吹が初めて女性の姿で来た時に座った席だ。注文したのもミルクラテ。妙に気に入って、でも違う人間で毎回、同じのを頼むのも怪しまれそうだからと、たまにしか飲んでなかった。
でも、これからは堂々と飲めるから、好きなそれにする。
ミルクラテの入ったカップを置くと、向井が顔を近づけてくる。
🧡「兄ちゃん、甘いもん好き?」
「え、はい」
🧡「良かった。ちょうど今な、舘がケーキ焼いてくれてん。休憩しよ思たんやけど、一緒に食べへん? あ、もちろん、お代はいらへんよ」
「え……いい、んですか?」
🧡「こっちから誘って、やっぱダメはないやろ。ちょっと待ってーな」
そう言って奥の部屋に行った向井は、すぐに皿を二つ持って戻って来た。その内の一つを、衣吹のミルクラテの隣に置く。
🧡「今日はな、シフォンケーキやて。思ったよりふわっとできて満足、とか言うとったわ」
生クリームが添えられて、キャラメルの香りがする。
🧡「食べよ、食べよ」
「あ、はい。いただきます」
フォークで一口分を切って、食べる。
「うっま!」
🧡「せやろ。舘のお菓子も料理もめっちゃ美味いねん」
「え、お店出せますよ、これ」
🧡「俺もそう言うてんけど、阿部ちゃんのために作っとるから、店に出す気はないんやて」
「……阿部ちゃん?」
🧡「ああ、そう。二階で特務調査局やっとって、そこのメンバー。痩せやすいから、よく仕事の合間に食べれるお菓子、作っとる」
「へぇ」
二人で話しながら食べ終えた頃に、別の客が入ってくる。
🧡「いらっしゃい! あ、今の他のお客さんに内緒な。タイミング合ったから特別や」
そう言ってお皿を二枚、カウンターの中に置くと、向井は今来た客の方に向かった。
相変わらず騒がしいが、今のは衣吹にとって嬉しい誤算だった。今の一件があれば、仲良くなれるかもしれない。そうなれば、情報が取れそうだ。
それにしても。
「あんな美味いお菓子、いつも食ってんの? 阿部亮平、ズルっ」
そう言ってミルクラテを飲み、この美味しいコーヒーももしかしたら毎日飲んでいるかもしれないと思うと、また複雑な気分になった。
通い続けると、やはり向井はどんどん親しく接してくれるようになった。客とマスターという関係だったけれど、他愛のない事を話したり、趣味や旅行の話をしたり、関係としては友達と言っても遜色がないほどだった。
それでも、向井から得られる阿部の情報は、あまり多くない。カフェに飾られている写真に阿部が多いこと、カフェの経営を手伝ってもらっていること、そのお礼として素数の時計や本棚を置いていることなど。
それと、たまに特務調査局のメンバーが降りてきてカフェで休憩している姿も見かけている。佐久間大介、目黒蓮、ラウール、渡辺翔太。この辺りの面々がカウンターに座って話しているのを、遠巻きに見た。
🧡「え、阿部ちゃん、また籠ってるん?」
🩷「そうなんだよ。今日はもう3時間」
🧡「あー……また悪い癖、出よったな。しゃーない、電脳空間から戻って来たら飲めるように用意しとくわ」
🩷「サンキュー。涼太も気合い入れてたし、照の説教は確実だねー」
そんな話を聞くこともあった。
警察署からの依頼を受けることもあると聞き、そっち方面から情報を得たところ、阿部の異能が電子と電気ということも知った。
そこで、衣吹の中で何かが繋がったような気がした。
そうして調査をしている中で、第三の異能や複数の異能を使える人物を捜している者がいる、という話が衣吹の耳に入った。
ダメ元でコンタクトを取れるか試みると、その人物から連絡があり、迎えに来た車に乗って行った先は豪邸だった。
中に入り、通された部屋には一人の男が椅子に座っている。
花の意匠のついたネクタイピンが、やけに印象的だった。
「君が、相原衣吹? 私に会いたかったとか」
「久世朔哉。あんたが、第三の異能とか複数の異能を持つ奴を捜してるって聞いたからな。それは事実か?」
「だとしたら?」
「朗報だと思うぜ。第三の異能の可能性を見つけた」
「……ほう?」
久世の目に、興味と高揚が見て取れた。
「そ。特務調査局の阿部亮平。高校の時に、学校で異変があってさ。その時に調査に来てたんだよ、そいつが。で、電気の異能は、高校の時に確認済。あの事件、起こした奴と女子が見てて証言は取ってある。特務調査局の下のカフェで聞いた感じ、電子っぽい異能も持ってんね。普段はこっちを使う方が多いみたい」
「それで?」
「でさ、その高校の事件の時さ、俺もいたんだよ、そこに。視聴覚室で女子の一人が異能を暴走させて危険で、そこに阿部亮平が来たんだ。一瞬だったけど、すっごい光でみんな倒れるか座り込むかして。俺はなんとか平気だったんだけど、その時、目の色がさ、翡翠っぽい色してた。でもその光って、電子とか電気じゃ無理だなって。電気のスパークでそんななる? 雷だったとして、光だけじゃなくて音も鳴るだろ? でもそんな衝撃も音もなかった。つまり、やったのは光だけ。でも光だけじゃ他の生徒は倒れない。どう? 興味あるでしょ?」
「……それを何故、私に?」
「俺も興味あるんだよね、この世界のルール上、絶対に持ってるはずのない三つ目の異能を持つ人間ってのにさ。でもオレ、ちょっと聞き込みくらいしかできないしさ。でも、三つ目の異能なんて絶対隠してるだろ? そんな大々的に調査とかできるわけじゃないし? だから、あんたに託そうと思って」
「ふむ。それはとても有益な情報だ。ありがたくいただこう。しかし、確証はない……だから、調査しましょうか。彼と、彼を取り巻く環境を」
「特務調査局を調査って、ウケんだけど」
「……これまでずっと手がかりすらなかったところに見えた一筋の光。簡単に逃すわけにはいかないのでね」
「じゃ、オレも見せてもらうわ。その調査ってやつ」
こうして衣吹が久世朔哉の許へ、阿部亮平という一つの可能性をもたらしたのは、高校の事件から五年後。
久世が複数の異能を持つ人間を捜し始めてから、実に15年の時が経っていた。