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琴波の願いは一つだけだった。ただ、普通に生きたい。それだけだった。
由緒ある家系に生まれ、何不自由なく暮らすことが約束されていた筈の琴波の人生に陰を落としたのは、異能という存在だった。
その結果として生まれたのが、普通に暮らすという願い。皮肉なものだ。成就の異能を授かったばかりに普通に暮らすことができなくなったというのに、その成就の異能を使って普通に暮らせるようにならなければならないのだから。
けれど、成就の異能は琴波にとって、忌むべきものだけではなかった。他者の願いを叶えられた時に得た、幸福という感情は、琴波の心に温かい光をもたらしたのだ。それは、昼間は消えてしまいそうな琴波にとって、陽だまりのようなもの。
他人の願いを成就させると、その分、自分の願いを叶えられるということを知った。けれどそれは、叶えた願いよりもずっと小さなもの。そして他人の大きな願いを叶えようとすると、おまじないが必要なことも知った。だから琴波は、願いの大きさに見合うおまじないを教え、それによって得られた願いの力を蓄えることにした。
自身の大きな願いのために、来香の滝に植えられた願いの種を花開かせるために。
時には、好意を持った女性と近づきたいという男性の背中を押し、時には、自分の妃となる人物を探している男性にプラネタリウムでのやり方を教えた。他にも、様々な人の願いの後押しをし、おまじないを教え、叶える為の方法を伝えていく。
全ての願いが成就されるわけではないから、大小様々な願いに触れた。その後、自分が手を加えたことでどうなるかを、見届けることはなかった。
そんな中で、とうとう直接会うことを決めたのは、美しくなりたい男性におまじないを教えた後のこと。静岡での依頼を使って分断し、更に神奈川で矜持に反する者達の願いを使って誘き寄せることにした。
「あまり乗り気ではありませんが、これも、願いの為。そして、あの方にお会いする為ですもの」
そう、自分の中で納得させていた。
そうして出会った阿部亮平は、観察していた時よりも、丁寧で、誠実で、なんて素敵な人なのだろうと思った。捕らえられても尚、思考し、探り、状況を打破しようとしている。琴波の心は踊るばかりだった。
だから、首に種を残し、印をつけた。もう一度、会いたいと思ったから。その願いを叶えて、自身の願いをも叶えたいと思ったから。
満月の夜に、その瞬間を迎える。木の枝でできたベッドで眠る阿部の姿は美しく、愛おしいとさえ思った。
「さあ、亮平様。あなたの願いを教えてくださいませ」
胸の月下美人に触れ、目を閉じる。
心に意識が触れると、声が聞こえた。
💚『俺の願いは―――SnowManみんなの笑顔。みんなが笑顔でいられるなら、俺は、このまま消えてもいい。電脳総命がなくなれば、もう、みんなを悲しませることも、傷つけることもなくなるから』
それは、琴波にとって衝撃だった。誰かのために自分を犠牲にすることを、厭わないどころか願いにするなど、信じられなかった。
けれど同時に思ってしまった。この願いを叶えるわけにはいかない、と。阿部の願いは大きい。これだけの大きさがあれば、滝にある月下美人は花開く。そうすれば、琴波の長年の願いは叶えられる―――阿部を犠牲にして。
それで、本当に幸せになれるのだろうか。
恐らく、阿部はその願いを伏せている。大切にしている人に、そんなこと、言える筈がない。ならばと、琴波は「フフフフッ!」と楽し気に笑った。
「やってくれますわね、亮平様。これでは、願いを叶えることはできませんわ。全てが囮だなんて思いませんもの。本当に、賢いお方」
その策に、乗ることを選んだ。阿部が隠しているものを、琴波も隠す。それが、今の琴波の選択。
「今回はわたくしの負けですわね。けれどおかげさまで、とても素敵な出会いと収穫がありましたわ。亮平様も、皆さまも、大変素晴らしいご活躍でした。またどこかで、お会いいたしましょう」
そこで小さく、琴波は「感謝いたします」と阿部に告げた。
ここまでの行為が、自らの矜持から大きく外れていることを教えてくれたから。それは、琴波の生き方ではないと、引き留めてくれたから。
阿部亮平という人物と、それを取り巻くSnowManとの出会い。そして、自らの過ちを知るという収穫。
「このままではいけませんわね。わたくしも、朔哉も。朔哉が亮平様を目的にしているのを、どうにかするために、動きますわ。わたくしの、平穏のためにも」