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「さあ、どうぞ。美味しいご飯を食べさせてくれた御礼はまた別にするとして……約束通り、君の質問に答えてあげる」
先ほど少し不穏な空気になりかけたから心配していたけど、ツバメ男の機嫌は良さそうに見える。男の気分が変わらないうちに知りたいことを聞いてしまおう。
「じゃあ、お言葉に甘えていくつか聞かせてもらうよ。おっさんの名前は?」
頑なに顔を隠している相手が素直に教えるはずがない。どのように誤魔化すのだろう。答え難い質問だろうと分かっていたけど、地味に呼びかたに困っていたので適当な偽名でも用意しているのなら、それを名乗って欲しかったのだ。
「ああ……名前かぁ。えーと……東野だよ。分かったんだから、今後おっさんはよしてね。僕まだ27だから」
どっちだ。予想より普通の名前が出てきて判断に迷う。即答ではなく溜めがあったし、偽名だよな……多分。
聞いてもいない年齢まで教えてくれたけど、こっちはどうだろう。年齢を偽る理由はないから本当かな。声の感じでそこそこ若いとは思っていたから、27歳というのは妥当か。
「分かった、東野さんだね。東野さんはこの辺に住んでるのかな。最近ご近所さんによく目撃されてるけど……変わった被り物してるから噂になってるの知ってた?」
「用事があってね。少しの間滞在してるだけだよ。この格好が他人に奇異の目で見られるのは分かってたさ。噂になってるのまでは知らなかったけど。それでも素顔で出歩くよりは数倍マシなんだ」
アニマルマスクより目立つ素顔ってどんなだよ。まさか、芸能人とか? 背が高くて体格も良い。モデルか……もしくはスポーツ選手という線も……
素顔を見られたくないという東野の事情から、中身が有名人の可能性を考えてみた。でもこいつは玖路斗学苑の名前を幾度も口にしている。顔を隠している理由は謎になるけど、学苑の関係者という予想も捨てきれない。
「東野さん、玖路斗学苑の人なんじゃないの。俺が試験受けたのも知ってたみたいだしね」
せっかく質問に答えると言っているのだ。ストレートに聞いてやろう。もし東野が学苑の人なら、俺の事を知っていてもおかしくない。うちの店に来たのも、特待生を目指している受験者の様子を見るためというなら説明がつく気がする。
「透の言う通り、僕はあの学苑と関わりがある。でも、この町で透に会ったのは偶然だよ。試験を受けたというのも後から知った。ここ数年、学苑への受験希望者が急増していてね。申し訳ないけど、その受験者全ての顔と名前なんてとてもじゃないけど把握しきれない」
「そう……ですか」
俺のことを知っていたわけではなかったのか。用事があって訪れた町で、たまたま受験者の俺に遭遇したと……
怪しいマスク男の正体が玖路斗学苑の関係者だと判明した。そうなると、男の言う『用事』の内容が気になってしまう。これも聞いたら答えてくれるだろうか。さすがに踏み込み過ぎかな。もう少し当たり障りの無さそうなとこから攻めよう。
「学苑の関係者ってことは、東野さんも魔道士だったりする?」
「学苑の人間だからって全員が魔道士や召喚士とは限らないよ。むしろそうじゃない人たちの方が多い。指導係として学苑に在籍している魔道士は6人だよ」
東野は自分がその6人に当て嵌まるのかは明言しなかった。はぐらかされたとも言う。答えたくない質問もあるようだ。しつこく聞いて機嫌を損ねたくない。学苑に入学できたら分かることだから、さっさと別の質問に切り替えよう。
「あの……東野さん。俺と橋の近くで会った時のこと覚えてる? 東野さんはモグラのマスク被ってたけど……」
「うん、覚えてるよ」
「東野さんは俺に『警告』だと言って不思議な話をしたよね。俺さ……それについてずっと考えていたんだけど、はっきり言ってよく分からなかった。どうして東野さんは俺にあんな話をしたの? 内容についても、もう少し詳しく教えてくれないかな」
東野はテーブルの上に置かれたお茶の入ったグラスに手を伸ばす。炒飯と一緒に用意していたものだ。彼はグラスの中身を全部一気に飲み干す。これまでに無かった緊張感のようなものを覚えて背筋が伸びた。
「あの時はもう、透が試験を受けるって知ってたからさ。だから……まあ、ちょっとお節介をしたくなったのかな。僕がした警告については悩む所なんてないよ。捻りも何もないから。額面通りに受け取ってくれれば良かったんだよ」
それがわけ分かんないって言ってんのになぁ。俺が知りたいのは、言葉の意味じゃない。どうして俺がそんな事をしなきゃいけないのかってことなのだ。
「川に近づくな……それと、小山空太に注意しろ」
「そう、それ。よく覚えてるじゃないか。透はあんまり守ってくれてなかったみたいだけどね。特にあの小柄の少年……彼は透の同級生なんだろ? 彼には気を付けろって言ったのに……」
「川はともかく、小山については一応意識して見てたんだよ。でも学校にもちゃんと来てるし……あっ、風邪で数日休んだことはあったかな。つーか、注意喚起なら俺じゃなくて本人にしてやりなよ。小山とは同級生だけど、そこまで親しいわけじゃないから。不信に思われて気まずい感じになったじゃん」
「えっ……? 透、ちょっと待って」
慌てたように東野は俺の話を遮った。どうしたのだろう。別におかしな事は言ってないよな。
「もしかして、透はずっと勘違いしていたの? 嘘でしょ。何てこった……」
「ねぇ、どうしたんだよ……急に」
「これは曖昧な表現をした僕にも責任の一端があるのか。まさか『注意しろ』をそう受け取るとは……」
「だからー、なんだっていうの!! 俺にもちゃんと説明してよ」
東野は俺を放置したまま、1人で困惑したり納得したりで忙しい。『勘違い』とか『責任』とか、不安になるような単語が聞こえてきて気が気じゃない。
かろうじて分かるのは、俺が東野の意に反した行動を取っていたのだという事だった。一体俺はどこを間違えたというのだろうか。