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「僕が今日、透の家に来た目的は食事の他にもあってね。二次試験まで後ひと月も無いだろ。君がちゃんと試験を受けられるかどうか気になったからなんだ」
ひとしきり騒いだ東野はようやく落ち着いたようだ。引き続き俺の質問にも答えてくれそうで安心する。
「病気や怪我でもしない限り、試験自体は受けられるでしょ。結果はどうなるか分からないけどね。自分なりに対策もしてるつもりだよ」
「……小山空太だっけ? 例の少年の名前。透は特別親しい友人ではないと言ったね」
なんでそこでまた小山の名前が……。東野はやたら小山を気にしているけど、俺が試験を受ける事とは何の関係もないだろう。注意しろとか本当に意味が分からない。
「うん……クラスは一緒だけどね。小山が大人しいタイプっていうのもあって、会話もあんまりしたことないんだ」
「そうか。じゃあ、彼が透と同じ魔道士を目指して玖路斗学苑の試験を受けたというのも知らなかったんだね」
「ええっ!! 小山が!?」
「良いリアクション。やっぱりそうだったんだ」
「……嘘、マジかよ?」
「マジよ。マジ」
小山が俺と同じ……? 玖路斗学苑の試験を受けていたなんて、そんなの……全然知らなかった。湊が俺の他にも試験を受けた生徒がいるらしいとは言っていたけど、まさかそれが小山のことだったなんて。
「そうなるとだ……透と親交が薄い小山君は、この部屋に訪れたこともないんだよね」
「う、うん。お互いの家も離れてるからね」
「ふむ……」
東野から告げられた小山の話が衝撃過ぎた。まだ動揺がおさまらない。俺が言えたことではないけど、小山が魔道士を目指していたなんて意外過ぎる。
「さて、透。ここから僕が話すこと……する事は誰にも言ってはいけないよ。バレたら怒られるからね。僕が」
東野は立ち上がると部屋の中を見渡した。別に見られて困る物は置いてないけど、ほぼ初対面の人間に検分まがいな事をされては落ち着かない。というか嫌だ。どういうつもりなのかと、東野を問い詰めようとしたその時だった。
『探索』
東野が小さく呟いた。その瞬間、部屋は青白い光で満たされる。不思議な青い光……俺には身に覚えがあり過ぎた。契約の陣は見当たらないけど、対価の量を表す数字が光の中にぼんやりと浮かび上がっている。これは……
「……魔法。東野さん、あんたやっぱり」
東野は魔道士だ。さっき質問した時ははぐらかしたのに、あっさりと俺の前で魔法を使っている。この短い間にどんな心境の変化があったかは知らないけど、これで彼が学苑の関係者というのがほぼ確定したと言って良いだろう。
だけど……ひとつ疑問があった。俺の部屋に幻獣はいない。スティースがいなければ当然魔法を使う事はできない。それなのに、東野は何の前触れもなくいきなり魔法を発動させた。俺がスティースの気配を感じ取れなかっただけなのか。それとも、俺の知らない別の方法があるのだろうか。
「ダメだよ、透。内緒だって言ったでしょ」
人差し指を口元に当てながら、東野は俺の言葉を遮った。ここまで決定的な場面を見せているのに、彼は自分を魔道士とは名乗らない。顔を隠している事とも関係があるのかもしれない。謎の多い人だ。
しばらくして室内を照らしていた光が収まった。東野が魔法を使う前と後で、部屋の様子に変化は見られない。でも、彼が何かをしたのは間違いないのだ。
「あの机……こちらから向かって右側の引き出し。上から2段目」
胸の鼓動が激しくなった。東野が指差している場所……あの中には……嫌な予感がする。
「透、あの引き出しの中には何が入ってる?」
「予備のノートとか、後は……受験票。二次試験の」
「最後に確認したのはいつ?」
「えっと……いつだったかな。でも結構前だよ。受験票を引き出しの中に閉まってからはいじらないようにしてた。無くしたら困るから……」
「さっき僕がやったのは、この部屋の中に存在するかもしれないスティースの力の残滓を探ったんだ」
残滓……魔法が使われた後に僅かに残るとされる痕跡。言うなれば力の残りカスだ。東野はそれを探っていたというのだ。簡単に言っているけど、残滓は時間経過と共に消えてしまう。今その場にいるスティースの気配を探るのとはわけが違う。すでに無くなってしまったものを後から見つけるのは不可能だ。
「残滓は通常1時間から2時間程度で消えて無くなるとされている。でも、ほんとは1ヶ月くらいはその場に留まり続けるんだ。あまりに微々たるものだから人間に感知するのが難しいってだけ。僕はその残された僅かな気配をスティースの能力を使って探し出すことができる」
まるで俺の考えていることを見透かしたかのような東野の台詞。魔法でそんなことができるのか。東野が契約を交わしたスティースの存在が気になってしまうけど、相変わらず気配は分からない。
「そしてその結果。あの机の引き出し周辺から、魔法の残滓を見つけたというわけだ」
「俺、あんなとこに魔法なんて使ってない……」
この家で魔法を使えるのは俺だけだ。でも、東野がでたらめを言っている風には見えない。俺は恐る恐る机に近付いた。引き出しに手を伸ばして中を確認してみる。
「えっ……」
目の前に広がる光景を脳が上手く処理してくれない。声が出ない。体が動かない。何が起きているのか理解するのにかなりの時間を要した。
「こいつは……酷いね」
愕然とその場に立ちすくんでいる俺の背後から東野が呟いた。彼にもこの惨状が見えている。これが現実なんだと突き付けられた。
引き出しの中に大切に保管していた受験票。それが原型を留めないほどにビリビリに引き裂かれていたのだった。