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激高していたヴィンフリートがぽかんと口を開けたまま、私を凝視する。

頬が紅潮し、瞳がゆるゆると情欲の潤みを帯びてゆく。

エルヴィーラと呼ばれた女性は、そんなヴィンフリートを見て絶望の色を宿し、宿した瞳に憎悪の色を更に上乗せして私を睨みつけた。


「頭を下げないかっ、エルヴィーラ!」


「や、やめなさいよっ! 私に触らないでっ! ヴィンフリートさまぁ、こやつが無体を強いるのです、早く罰してくださいませっ!」


ギードがエルヴィーラの腕を引っ掴んで、そのまま地面に這いつくばらせる。

頭を下げさせようとしたが、エルヴィーラは必死に抵抗して、ヴィンフリートに助けを求めた。


「麗しき最愛の御方様。御手を取りますこと、お許しいただけるでしょうか」


「許しません」


鼻息まで荒いドヤ顔で言われても気持ち悪いだけだ。


「リゼットさん。ここはお任せしても?」


「は。捕縛の手配はすんでおりますので、御安心くださいませ」


「ほ、捕縛だと? 貴様っ、無礼も大概にっ!」


リゼットが腰を落としたなーと思ったら、次の瞬間には音もなく移動してヴィンフリートの腹に拳をのめり込ませて昏倒させた。

小説や漫画ではよく見た流れだったが、腹に拳の一撃で人が失神するのをリアルで見たのは初めてだった。

感心している私とネマの前に、今度はエルヴィーラがギードの腕を撥ね除けてリゼットへ躍りかかっていく。

スカートの中身が丸見えだったのを、周囲で見物していた子供の何人かが指摘していた。

囃し立てる声が聞こえたのかエルヴィーラが子供たちを睨みつける。

目線をそらさなかったところで、エルヴィーラがリゼットに一矢報いられたかといえば無理だったろう。

リゼットはヴィンフリートを昏倒させたのと同じ手順で、あっさりとエルヴィーラを地に沈めた。

周囲から歓声が上がる。

スカートの裾を持って周囲の歓声に一礼をするリゼットに、拍手をしながら近づいてきたのは連絡を受けた騎士だろうか。

リゼットが今度は深々とお辞儀をする騎士に会釈で返した。

これで問題は片付くだろう。

さて買い物を……と思ったのだが。


「主様。御方様は店主との会話を許してくださるでしょうか?」


そう、店主は男性なのだ。

しかも店内から誰も出てこない状況から察するに、他に店員もいなそうだった。

店を変えるという手もある。

だがギードは夫の好む、生粋の職人であるようだ。


彼なら構いませんよ。

ギード氏唯一の汚点が、妻だったようですからね。


ネマの声に返答があった。

私の予想が当たっていたようで嬉しい。


「うん。ギード氏は信頼できる方だそうよ」


「あ! 有り難きお言葉っ!」


エルヴィーラを止められなかった不甲斐なさに、唇を噛み締めて伏したままだった、ギードの顔が上がった。


「主人が信頼できる方であれば、私も信用いたします。店内に入ってもよろしいかしら?」


「光栄でございます! あ! 大変申し訳ありませんが一言、騎士の方々に断りを入れてもよろしゅうございますでしょうか?」


妻が連行されるのだ。

参考人として一緒に連行されても不思議ではない。


「勿論です。リゼットさんが責任を持って貴男の代わりを務めてくれるでしょう」


「は!」


ギードはリゼットと騎士に手短な謝辞と詫びを告げて戻ってくる。


「重ね重ね失礼をいたしました。清楚な一輪へようこそおいでくださいました」


手は取らずに店の中へと先導してくれる。

優秀すぎるモリオンは、自ら店の馬車止めへと足を運び、大人しく落ち着いたようだ。

一部残っていた観衆は彩絲が解散させた。


「バルコニーに飾る寄せ植えを一式求めようと思っています。初心者向けで、この店の名にふさわしい寄せ植えを選んでいただく感じで、まずはよろしいでしょうか、主様」


選ぶ楽しみは捨てがたい。

だが想像以上に花屋は異世界情緒に溢れていた。

何しろ騒がしいのだ。

そして自己主張が強い。


「ええ、お願いしたいわ」


「了解いたしました。これ、お前たち! 静かにしないか!」


ギードの一喝に花々は静かになる。

どれも、私を選んでくださいーというアピールで、悪意はなかったようだが何しろ騒がしかったので、ほっとする。


「シュテファニエ。お客様にお茶を頼むよ」


「はい。御主人様」


「百合の妖精シュテファニエと申します。御方の最愛様は、女性の接客を好まれると伺っております。どうぞ、おくつろぎくださいませ」


接客の許可を得ていても心遣いを忘れない。

目の前に立つ清楚な妖精が、従順な態度でギードに接するのも納得の人格だった。

深々とお辞儀をして奥へ下がっていったギードを、優しい眼差しで見送ったシュテファニエが嫋《たお》やかに微笑む。


「時空制御師最愛の御方様に会えて光栄でございます。百合の妖精シュテファニエと申します。今後ともどうぞ贔屓にしてくださいませ」


「常に侍っておったのかぇ?」


「そうしたいのはやまやまでしたが、外で騒ぎを起こしたばかりのギードの妻がうるさかったので、ギードが望んだときのみ姿を現して手伝いをしておりましたわ」


「なるほどのぅ」


ふわりとシュテファニエの手が空を撫でたと思ったら、テーブルの上に三段のアフタヌーンティーセットが出現した。

紅茶からは微かに百合の香りがする。


「リリーティーにはほんのりと甘みをつけておりますの。どうぞそのままお飲みくださいませ」


「うむ。美味じゃ。アリッサも好みじゃろう」


「ふふふ。貴女にそう言っていただけるなんて、光栄ですわ」


百合の花を全力の好意で擬人化した姿が、シュテファニエだと思ってくれればいい。

美しいだけでなく、人を癒やす雰囲気を纏っているのだ。

彩絲にも促されて口に含んだリリーティーは、私の口にあった。

向こうに帰宅するとき、夫へのお土産の一つにしようと脳内メモに残しておく。


「しかしまぁ、ここの店主は、女運がなかったようじゃのう……」


「ええ。でもギードがあまりにも不憫だったので、花の妖精王女様が加護をくださったの。おかげでこうして私も彼の手伝いを許されたから、たぶん不幸ではなかったと思うわ。彼、本当に花が好きだから」


「アリッサへの不敬もあるから、向こう有責で離縁できて、おぬしも万々歳ではないのか?」


「そうねぇ。名ばかりの妻の相手が人的には高位の者だったから、此度の一件。私やギードにとっては、本当に有り難く、嬉しい状況ですわ。アリッサ様。御迷惑をおかけしてしまったお詫びと、悪妻と確実に好条件で離縁できるようになりましたお礼を、どうぞお受けくださいませ」


「全て受けましょう。ですからどうか、これからも素敵な花々を販売なさってくださいね」


「はい! 勿論でございます」


アフタヌーンティーを堪能しながら、どろどろ話を語られる。

結果がハッピーエンドとわかっていれば、迷惑をかけた者たちの因果応報すら楽しく聞けるものだ。


美しい花々に惹かれて押しかけ女房となったエルヴィーラはしかし。

花の美しさにしか興味がない女だった。

手がけた時間や愛情の分、花々が美しく咲くのだと、理解できなかったらしい。

さらには美しい花々が生み出す、利益を無駄に貪ったので、花々からは塵芥のごとく嫌われていたようだ。

それでも外見が優れない自分を選んでくれたのだと、エルヴィーラを大事にしていたギード。

しかしギードの健気な想いなど歯牙にもかけず、ただただ当たり前のごとく奢侈に溺れていたエルヴィーラに目をつけたのが侯爵家の使えないスペアと嘯かれていた、顔だけはいいヴィンフリートだった。


エルヴィーラから金だけでなく、高価な花々を貢がせては転売、そして他の女性への御機嫌取りにも使っていたというのだから、真性の屑だ。

金や花を他の女性に貢ぐ程度であれば、今の関係をまだ維持できたかもしれないが、売られている値段の十倍をつけた転売が駄目だった。

ギードの人柄と愛された花々を慈しんで、正規の値段で購入していた公爵家の夫人を激怒させたのだ。

素早く手配した公爵夫人の怒りを受けて、子供に甘かったが馬鹿でもなかった侯爵家当主は即座に詫びを入れて、次男を勘当したらしい。

そして勘当された次男は花々を貢いでいた貴族たちには煙たがれ、こっぴどく振られたので、仕方なく最後の手段としてエルヴィーラを頼ったという流れだった。


この話をそのまま聞いたらエルヴィーラはどう思うだろう。

誠実で自分を一番に慈しんでくれた夫を裏切って選んだ男性が。

侯爵家から勘当され平民となった、何人もの愛人の中で最後に自分を選んだ屑だと知って。


「そういえばフェリシアも、まだ戻らないわね?」


「商人はごねるものじゃしのぅ……リゼットが断罪に向かったのだから、そっちもあわせて片付けてくれるやもしれぬな」


リゼットにもこちらでいただいたリリーティーを贈ろうと思い、シュテファニエに告げれば、彼女は満面の笑みを浮かべた上に、手を打って喜んでくれた。



自業自得な因果応報話のあとは、王都での流行話へと移行した。

私よりも彩絲とネマの関心を引いている。

花屋は貧民貴族問わずに流行の最先端を掌握できるようだ。

無論全ての花屋がそうというはずもないだろう。

この清楚な一輪がどこまでも誠実な商いを続けているからこそ、話題が集まってくるのだ。


「それにしても光栄でございますわ。御方の奥方様が百合を好んでいらっしゃるとは」


「主人が好むので、私も好むようになったのです。主人にも早くリリーティーを飲ませてあげたいわ」


「ふふふ。離れていても御方様を思っていらっしゃるのですわね? 御方様のご寵愛も頷けるというものですわ。よろしければ定期的に百合をお屋敷までお届けに伺いますが、如何でございましょう。こちらは店とは関係なく、百合を慈しんでくださる方へ私がお届けするものですわ。妖精界にしか咲かない百合でも、御方の奥方様にでしたら許可もおりましょう」


「素敵な申し出をありがとうございます。ただより恐ろしいものはないと申しますから、主人と相談して、向こうの世界の百合でも差し上げましょうか」


「そ、それは恐れ多すぎますので……それでは、妖精が好む菓子と交換では如何でしょうか」


「お菓子作りは趣味なので、私としては有り難いわ」


百合には百合を……と思ったのだが、等価交換にはならなかったようだ。

妖精界も異世界だと思っての提案だったのだけれど、悩ませたいわけではないので、お菓子との交換で頷いておく。


「近くお茶会を開く予定になっているの。そのときにお出しするお菓子をまだ検討している最中だから、相談がてら味見してもらうのもいいかと思うのですけれど……」


「是非お伺いしたいですわ! ですが、妻もどきが捕まったのが知れましたなら、ギードが一人で店を切り盛りすることになりますので、しばらくは手伝いに専念しないとまずそうですの」


「誰か人を雇う予定はないのかぇ?」


彩絲の質問にシスティファニアは寂しそうに首を振った。


「ギードはその……外見から怖がられてしまって……この店の名にふさわしい人がなかなか雇えないのです」


「ふむ。御方様も納得の好人物なのじゃがなぁ……バロー殿かキャンベルにでも頼んでみるといいかもしれぬのぅ」


「王の乳母と王都ギルドマスターだったかしら? ギードは敷居が高いと言って遠慮しそうね」


「そうとも言っておれぬだろう。主も心配するぞ」


彩絲の目線に頷いておく。

システィファニアはそれでも迷っているようだ。


「……主様の許可さえおりましたならば、我ら姉妹が交代でお手伝いするのもよろしいかと思うのですが……どうでしょうか、主様」


ネマの意見に思わず目を見開いてしまった。

どうやら彼女は熊男の外見が全然怖くないらしい。


「屋敷は優秀な者が多いから、ネマたち三姉妹が交代で手伝っても、問題はなかろうて、のう、主よ」


「ええ、そうね。ネマたちはこのお店の名前に相応しい売り子さんになれるでしょうね」


「しかし奥方様のメイドをお借りするとなると……それこそ敷居が高いと思いますの……」


システィファニアのネマを見る目は優しい。

愛らしい外見だけでなく、その優秀さを知ったら、間違いなくギードを説得するだろうが、今は遠慮が強かった。


「ふむ。では手伝う傍ら、花に関する知識を主のために学ばせてもらうという形を取ればどうじゃ? ネマらも専門家に学ぶ機会は貴重であろう?」


人の良さそうなギードなら、仕事がどんなに忙しくとも真摯に教授してくれそうだ。

花に囲まれる生活には憧れがあるので、専門的な知識を持つ者が多いのは嬉しい。

できれば私も学びたいくらいだ。



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