TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

最高の旦那様

一覧ページ

「最高の旦那様」のメインビジュアル

最高の旦那様

80 - 第80話 黒き忌み子は愚か者の末路を語る。前編

♥

7

2024年08月26日

シェアするシェアする
報告する



アリッサ様の奴隷というよりは、家族として生活している時間は短い。

しかし今まで生きてきた時間の中において、一番充実して幸せな生活だといえよう。


だから、少しだけ、忘れていたのだ。


自分が一部の愚かしい者どもたちの中では、忌み子として、未だに疎まれる存在だという現実を。


「貴様っ! 無礼だぞっ! 忌み子が我に触るでないっ!」


天使族の忌み子は珍しい。

ゆえに、希少価値がある。

最前線で凶悪なモンスターと戦い続けてきた上に、周囲にはフェリシアを貶める天使族しかおらず、所謂世間知らずだったフェリシアは、知らなかったのだ。

漆黒を纏う天使族のフェリシアを、忌むよりも崇める者が多いという現実を。


今でこそ、アリッサ様と同じ色を纏っている自分が誇らしい。

けれど仲間たち曰く、フェリシアは自分を低く見積もりすぎるそうなのだ。

随分良くなったとは思うけれど……と、一番仲が良いネルは、私の拙い反応を見ては苦笑する。

その苦笑の、仕方ないなぁ、フェリシアは! 私はちゃんと理解してるからね! という、何とも親しみの溢れた様子が大好きなのだ。


だから恐らくは、天使族の血を僅かに継いでいるのだろう商人の醜い罵倒にも、心は全く揺らがなかった。


「うぬこそ無礼ではないか! 時空制御師最愛の称号を持つ尊き御方に、うぬが何をしでかしたのか、よもや理解できぬと言うのではあるまいなぁ?」


瞳に威圧を込める。

弱いモンスターなら、それだけで死に至る威圧は、真っ赤だった商人の顔を、真っ青に変えるくらいには役に立った。


「尊き御方の従者殿! お名前をいただけましょうか!」


怯えて固まってしまった商人を睨めつけていると、声をかけてくる者がある。

呑気に見物していた者たちも硬直している中で、なかなかに剛の者といえるだろう。


「……名を聞きたくば、そちらから名乗られるとよかろう」


きん! と空気の張り詰める音がする。

たぶん、防音の結界が張られたのだと思う。


「はっ! 失礼いたしました! 銅《ブロンズ》バハムート所属のヒルデブラントと申します。金銀銅の騎士団全ての中から選出されました、時空制御師最愛の称号を持つ、尊き御方の護衛にございます」


「……御主人様から伺っていないのだが?」


「はっ! あくまでも影からこっそりと……というのが騎士団で決めたことでございます。また選出基準が特殊でございますので、尊き御方が御気分を害されるのではないかと判断いたしました」


「特殊な選出基準?」


「はい。残念ではございますが、現在所属の女性騎士は尊き御方を守るには心身ともに足らぬ者ばかり……なので、女性を性的対象として見られない者が選出されたのです」


それは時空制御師様のお心にかなうものだ。

アリッサ様も気分を害するどころか喜ぶだろう。

ましてや、情報が漏れぬように素早く防音結界を張ってみせる気遣いは、フェリシアでも好ましいと思う。


「御主人様は気分を害されるどころか、むしろお喜びになるだろう。細やかな心遣い感謝する。我が名はフェリシア。天使族の黒き忌み子」


「! モンスターを無数に屠ってこられたフェリシア殿を、忌み子と申す愚か者がおるのでしょうか?」


「む? そなたは我を知っておるのか?」


「王都騎士団で知らぬ者はおらぬでしょう。尊敬すべき御方の一人として数えられております」


騎士の頂点とも呼ばれる王都の騎士団に、そういった認識をされているのはとても意外だが、嬉しかった。


「天使族は基本何やら勘違いしておられる種族という認識ではございますが、フェリシア殿は例外中の例外ですね。モンスターにも慈悲を持って討伐なされる。騎士団では、実に尊き御方に相応しい護衛であられると評判です」


アリッサ様を守りし者の中で、自分は下位にいる。

だからこそ、騎士団からの自分に対する過ぎた評価には驚かされた。


「御主人様をお護りするには未熟な身ではあるが、今後とも全力を尽くす所存でおる」


「フェリシア殿が未熟とは! あぁ……守護獣といい、妖精精霊といい、驚くほどの実力者ばかり揃っておられるから、その認識と。ふむ。それでもフェリシア殿はもっと己を誇ってよろしいかと存じます。へりくだりすぎては、尊き御方の御名を汚します」


なるほど、いつも仲間がかけてくれる優しい言葉は、外でも通じているらしい。

フェリシアはもっと、自己評価を上げねばならないようだ。


「忠言、痛み入る。御主人様の御名に恥じぬよう常の振る舞いにも神経を配るとしよう……して、そこな無礼者の処分はどうなるのだろうか?」


「ああ、これですか。全く良識どころか常識も知らぬ商人如きが愚かな真似をしたものです。まずは騎士団へ連行します。金《ゴールド》のウロボロス団長アッシュフィールド殿が責任を持って断罪されますので、御安心くださいませ」


アリッサ様が以前お買い物の際に絡まれたときに、迅速丁寧な手配をしたとノワール殿が納得していた御仁の名を聞いて安堵する。


「御主人様も、ノワール殿も賛辞していた御仁が対応されるとあらば安心されよう」


「有り難きお言葉を胸に精進いたします。断罪が完了するまで、フェリシア殿も同行されますか?」


「無論だ。最後まで見届けて御主人様に報告せねばならぬ」


「では、どうぞ。こちらの馬をお使いくださいませ」


どこからともなく軍馬が引いてこられた。

漆黒の毛並みが美しい馬だ。

よく訓練されており、また手入れもされているのが一目見てわかる。

フェリシアが近づいても馬は動じない。

どころか御機嫌とばかりに鼻を鳴らした。


「ははは。さすがはフェリシア殿。騎士団でも一、二を誇る暴れ馬を御されるとは!」


「これが、暴れ馬とは信じられないが」


手早く乗って、艶やかな鬣を撫でれば鼻歌まで聞こえてきそうな機嫌の良さが伝わってくる。


「まぁ、男嫌いというのもありますが。女性騎士にも背を許しません。団長クラスで渋々。自分などは近寄っただけで、蹴りが出ますから」


「それはまた……美しい姿に似合わず、お転婆なのだな」


首を捻じ曲げてこちらの様子を窺う姿は実に愛らしい。

お転婆でも構わないむしろ歓迎すると目を細めれば、安心したように前を向く。


「……フェリシア殿が希望されるのなら、この馬の譲渡を考えますが如何でしょう?」


驚きの提案だ。

だが馬が嬉しそうに足を速めるので、即答してしまいたい唇をぎゅっと噛み締めた。


「光栄な申し出だが、これだけの軍馬ともなれば御主人様の許可をいただかねばなるまい。もし許可が下りたならば是非! 貰い受けたいと思う」


馬がますます早足になってしまった。


「では申請を出しておきますね。形式はきちんと守っておかないとうるさい輩がいますからね」


黒馬の速さに全く動じずについてくるヒルデブラントとその愛馬もまた、優秀なのだろう。

鬱陶しくない程度に話しかけてくるヒルデブラントに答えているうちに、騎士団へと到着した。


「銅バハムート所属のヒルデブラント。ただいま到着いたしました!」


これもまた騎士団でもそれなりの地位にあるのではないかと推測する門番に声をかければ、心得たとばかりに門が開く。

その先には何人かの騎士が並んでいる。

ヒルデブラントに続いてフェリシアが続き、犯罪者が詰め込まれている馬車が門の中へ入ったのと同時に、再び門は硬く閉められた。


「護衛対象者様への不敬にて、犯罪者を連行いたしました。また護衛対象者様の従者殿も同行されておられます」


「連行御苦労。すぐさま事情聴取を執り行う。犯罪者を聴取部屋へ運ぶように」


「はっ!」


ヒルデブラント他、並んでいたうちの何人かが馬車から容赦なく商人たちを引きずり出す。

子供はさすがに抱えて下ろしたが、母親に伸ばす手はしっかりと拘束していた。


「フェリシア殿も同席を希望されますか? 随分と愚かしい犯罪者のようでございますから、暴言を吐く可能性が高いと推察いたしますが」


「貴殿は?」


「これは大変失礼をいたしました。金《ゴールド》のウロボロス団長ダイオニシアス・アッシュフィールドと申します。美しくも尊き御方に無礼を働いた者どもを断罪する権限を与えられております。御要望がございましたら、何なりと申しつけくださいませ」


「御主人様は過不足のない断罪をお望みであられる。また、幼子の教育が完了していなければ慈悲を与えたいとも」


「誠に尊き御方の振る舞いは、その称号に相応しきもので我らに取って有り難い限りですね……他の最愛が勘違いも甚だしい愚か者ばかりなので、時空制御師最愛の尊き御方様のすばらしさがますます際立ちます」


男性の美醜に疎いフェリシアでもわかる、美しいアッシュフィールドの憂いを、不憫には思う。

しかし、その憂いをアリッサ様に報告しようとは思わない。

アリッサ様を更なる災難に巻き込む恐れがあるからだ。


「……我に貴殿の憂いは計り知れぬ。だがその憂いを御主人様に伝える義理もないとだけは断言しておこう」


「無論でございます。尊き御方様は私の憂いを耳にしたら、きっと同じ称号を持つ者の暴挙は止めねばならないとお立ちになるであろうからなぁ……。フェリシア殿には初対面にもかかわらず愚痴を零してしまって、大変失礼をした」


「御主人様やノワール殿が賞賛した貴殿が愚痴を零すのだ。よほどの迷惑を被っているのであろう。謝罪は無用だ」


「そう言っていただけると、日頃の疲れも取れるというものです。感謝します」


「それこそ感謝されることでもない」


感謝は未だに慣れない。

優しいアリッサ様や仲間たちのお蔭で、以前よりは素直に受け取れるようになっていると思うけれども。


話しているうちに、聴取部屋へと着いたようだ。

狭い部屋の中中央にテーブルが設置されており、その前には男性が一人座っている。

手首も足首も椅子に縛られているので、座っているというよりは拘束されていると表現するのが正しいだろうか。


「フェリシア殿はこちらにお座りください。犯罪者が万が一暴れた場合にも安全なように結界が施されておりますので、その点は御安心ください」


綺麗な笑顔がフェリシアに向けられる。

しかし、犯罪者に向けるアッシュフィールドの眼差しは、見惚れるほどの笑顔とは真逆の、神経を直に触られる悍ましさを覚えるような、酷薄なものだった。


アッシュフィールドが見る者の背筋を怖気立たせる微笑を浮かべて口を開く前に、犯罪者がフェリシアに向かって罵声を浴びせた。


「天使族の忌まわしき漆黒が、尊き御方の従者を名乗れるはずもない! 下がれっ! 下がって跪き、我に頭を垂れるがよい!」


フェリシアは沈黙を守る。

アリッサ様に無礼を働いた者に下げる頭はない。


「きさっ!」


犯罪者の目の前に剣が振り下ろされる。

乱れほつれて額にへばりついていた前髪が、一房切り取られた。


「尊き御方様自ら選び抜かれた従者殿相手に、これ以上恥ずかしい真似をされるならば……」


振り下ろされた剣は、切り落とされた一房の髪を、今度はみじん切りにして犯罪者の目の前に舞わせて見せる。


「ひぃっ!」


「この髪の毛と同じ結末を辿ると知れ!」


さすがの犯罪者も口を噤む。

しかしフェリシアには憎悪の眼差しを向け続けた。

機を見る才が人一倍あるとされる商人とは思えぬ愚かさだ。


「ぎ! あああああああああっ!」


浅い溜め息を吐いたアッシュフィールドが、犯罪者の小指を第一関節だけ切り落とす。

出血は派手に犯罪者の顔を染めた。


「うるさい。黙れ」


テーブルの上に置かれた布が犯罪者の口に押し込まれる。

犯罪者の髪の毛を引っ掴んだアッシュフィールドは、そのまま勢いよく犯罪者の顔をテーブルに叩きつけた。

その激しさがどれほどのものだったかは、犯罪者の歯が一本抜け飛んだ様子から十分推察できる。


「全く、商人とは思えぬ愚かさだな。これ以上フェリシア殿への不敬はならぬ。天使族が何を考えているかはさっぱりわからぬが、フェリシア殿は騎士団にとって英雄で、御方様が大切にされている従者。妻子を助けたくば、弁えよ!」


妻子にまで何を! とでも言いたげな眼差しがアッシュフィールドに向けられる。

アッシュフィールドは静かに目を細めるだけで答えて見せた。

どうにか何かを悟れたらしい犯罪者が頷いたので、アッシュフィールドは口の中から布を抜き取った。

布は血まみれで、歯が二本ほどくっついている。

アッシュフィールドは無造作に、ポーションと思わしきものを犯罪者の口の中と指にかけた。

出血は治まったようだが、犯罪者の顔色は真っ青のままだった。


「さて。御方様にあれほどの不敬を働いたのだ。王都の商人ではあるまい?」


「……ビュッテノヴより参りました」


「ああ、なるほど。閉鎖的な地方だな。領主は人嫌いだが、王へも最低限の敬意を払っている、どちらかと言えば頭のいい者だったはずだが……」


「そ、その! ビュッテノヴを治めておられるベルゲングリューン侯爵殿が、我に御助言くださったのだ! 貴殿は、王都へ行くべきだと!」


犯罪者の鼻息は荒い。

領主が言葉に秘めた嫌みを微塵も推測できていないようだ。

世情に疎いフェリシアですら、理解できたというのに。


「なるほどな。領地に貴様のような阿呆な者がいては迷惑だから王都へと追いやったわけか。王都は身の程知らずには冷たい地だからな」


「そ、そんなはずはない! 今の王都は何かと緩いからやりやすかろうと、おっしゃってくださったのだ。ベルゲングリューン侯爵殿が嘘を吐くはずがない!」


「……さっきから気になっておるのだが、貴様は爵位持ちか? ベルゲングリューン侯爵『殿』とは、また随分と不躾な物言いだが」


「爵位はない! だが、ベルゲングリューン侯爵殿に咎められたことは一度もないのだ! 問題はあるまい! むしろ! 私を重宝して、不遜な物言いを許してくださっているのだ。誠に慈悲深き御方よ!」


密かに馬鹿愚かとしかいいようがない犯罪者を相手する、アッシュフィールドに同情を覚える。

普通なら気がつくだろう。

既に指摘するまでもないほどに、見限られているのだと。


「咎めないのは貴族の作法だ。許されていないのならばきちんとした敬称をつけるべきであったな。不敬罪が一つ増えた」


「はぁ?」


素っ頓狂な声を上げる犯罪者を尻目に、さらさらと滑らかにペンの記す音が聞こえる。

フェリシアの対角線上に座ったヒルデブラントが書いているのだ。

どうやら彼は武だけでなく、文にも長けているらしい。


この作品はいかがでしたか?

7

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚