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FORSAKENの館は、今夜も深い霧に包まれていた。
廊下の窓から差し込む光はほとんどなく、黒い大理石の床には赤い絨毯だけが静かに伸びている。壁に灯る燭台の炎さえ霧に滲み、生者と死者の境界は曖昧に溶けていた。
静寂を破ったのは、金属が擦れ合う鋭い音だった。
「新参の吸血鬼風情が……我が神の隣に立つ資格などありません。」
低く押し殺した声が廊下へ響く。
アズールだった。
帽子の影に隠れた瞳は赤く濁り、背中から伸びる触手は怒りを抑えきれず石壁を叩いている。その度に館の壁へ細かな亀裂が走り、石片が静かに床へ転がった。
漆黒の指先には紫色の毒が滴っている。
それは生き物だけでなく、魂さえ蝕む領域の猛毒だった。
その正面には、ノスフェラトゥが静かに立っていた。
赤い仮面は微動だにせず、長いマントが廊下を流れる風に揺れる。
彼はアズールを見ても怒りもしない。
怯えもしない。
ただ赤い爪をゆっくり眺めるように動かし、小さく息を吐いた。
「随分と騒がしい。」
低い声が響く。
「主に血を与えられただけで、自分が唯一になったつもりか。」
その一言だけだった。
けれどアズールの胸には、刃より深く突き刺さる。
触手が大きく膨れ上がる。
「……黙れ。」
声が震える。
「あなたに何が分かる。」
毒が床へ落ちる。
じゅっと音を立て、大理石が黒く溶けた。
「あなたは主人に拾われたわけでもない。」
一歩。
また一歩。
距離を詰める。
「主人に救われた私を……語るな。」
次の瞬間だった。
触手が一斉に解き放たれる。
何本もの黒い槍が廊下を埋め尽くし、ノスフェラトゥへ襲い掛かった。
だが吸血鬼は静かにマントを翻す。
その姿は霧へ溶け込むように消え、攻撃は石壁だけを砕いた。
「遅い。」
耳元だった。
ノスフェラトゥはいつの間にか背後へ立っている。
赤い爪が閃く。
アズールは毒刃で受け止める。
甲高い衝突音が館中へ響いた。
そこから先は言葉など要らなかった。
触手が暴れ狂う。
毒が霧になる。
赤い爪が闇を裂く。
館の柱が砕け、窓ガラスが弾け、黒い血が赤い絨毯へ飛び散っていく。
互いに譲らない。
互いに引かない。
勝ちたいからではない。
主人に認められたい。
その想いだけが二人を動かしていた。
館の高い吹き抜けでは、一人の男が静かにその光景を眺めていた。
赤いシルクハット。
漆黒の毛皮。
長い指先が欄干へ優雅に添えられる。
スペクターだった。
止める気配はない。
怒る様子もない。
ただ静かに見下ろしている。
その赤い瞳だけが、どこか楽しげだった。
あめ猫@サボり魔
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#見捨てられた
リコりす@アナログタノピイ
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「美しいね。」
誰へともなく呟く。
「本当に、美しい。」
アズールの嫉妬。
ノスフェラトゥの矜持。
互いを否定し、傷付け合いながら、それでも最後には自分へ視線を向ける。
その構図が愛おしかった。
これ以上ないほど。
愚かで。
醜く。
だからこそ美しい。
アズールは裂かれた肩を押さえながら、それでも立ち上がる。
帽子の影から見える赤い姿。
主人は見ている。
その事実だけで身体が動いた。
「見ていてください……。」
血を吐きながら笑う。
「私は……私だけが……あなた様の猟犬です。」
触手が再び闇を裂く。
ノスフェラトゥも静かに爪を構える。
館は再び激しい衝撃に揺れ始めた。
そのすべてを見下ろしながら、スペクターは静かに微笑む。
慈愛に満ちた支配者の笑み。
しかし帽子の影に隠れた瞳だけは、最後まで冷え切っていた。
二匹の猟犬は、主人の愛を奪い合っているつもりで牙を剥いている。
だが実際に奪われ続けているのは、彼ら自身の心だった。
それこそが、スペクターにとって最も甘美な「収穫」なのだから。