テラーノベル
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※ちょいかぶるけど許して。書かせて。
「……なあ」
それだけの言葉が、暗い部屋に沈むように響いた。
蓮司の声はいつもどおりだった。冗談めいて、掴みどころがなくて。
だけど、妙に深く、耳の奥に残る。
遥はベッドの端で、膝を抱えていた。
灯りは落とされて、薄暗い常夜灯が壁に滲んでいる。
見えないはずの顔が、見えてしまいそうな夜。
「“日下部に庇ってもらう妄想”とか──する?」
遥は、ぴくりと指先を動かした。
でも答えなかった。
蓮司は笑った。音を立てずに。
「たとえば、放課後、誰もいない教室でさ。おまえが限界ギリギリで座り込んでるとこに、あいつが駆け寄って──『大丈夫か』とか言って、肩とか、抱いてくれんの」
遥は目を伏せたまま、爪を立てるように自分の腕を抱いた。
「んで、泣きそうになったおまえに、あいつがさ──『もう無理すんなよ』とか言ってくれる。
そういうの、想像したり……しない?」
蓮司は、机の端に座ったまま、カップを揺らしていた。
コーヒーの残りが、月明かりにゆれた。
「……しねぇよ」
遥の声は小さかった。
だが、強がってるのが透けて見えるほど、乾いていた。
蓮司は目を細めた。
「ふーん。じゃあ、なんで俺だったの?」
遥は答えない。
「逃げ場探してたんなら、あいつでもよかったじゃん。
昔のおまえ、アイツの前じゃ少しだけマシだったろ。演技もいらなかった」
「──演技なんか、してねぇ」
「うん。ヘタだもんな」
遥の息が止まった。
「……おまえが“俺と付き合ってる”って言ったとき、笑いそうになったよ。
あの顔で、あの声で、言い切ったのに──目だけは、ずっとこっち向いてなかった」
蓮司の声は、妙に穏やかだった。
淡々と、残酷だった。
「俺のことなんか、見てなかった。
あれ、おまえ、“あいつに向かって”言ってたんだろ」
遥は口を開けかけて、何も言えず、閉じた。
その仕草すら、まるで嘘がばれた子どもだった。
「“助けて”って言えないから、“壊してくれていいよ”って顔して俺にすがった。
──それ、どう考えても、俺より日下部の方がいい役だろ?」
遥の喉が、ごくりと鳴った。
「“抱かれたい”とかさ。言わないけど、たぶん──そっちの方が、本音に近いだろ?」
「ちがう」
「ちがう、ね。
じゃあ俺は、“遊ばれてんの”?」
蓮司の口調は、どこまでも穏やかだった。
責めていないのに、逃げ道がどこにもなかった。
「──違う、けど……」
遥は、そこで言葉を失った。
違う、違う、と何度も頭の中で繰り返しているのに、
それがどこにも届かない。
「泣けばいいのに」
蓮司がそう言った瞬間、遥の視界がにじんだ。
「泣けば、“あいつみたいに”抱いてやるよ。優しく」
──やめろ。
声にならない叫びが、遥の中で膨らむ。
けれど、どこにも出せなかった。
それは弱さじゃない。
“どこにも届かない”と知ってるからだ。
蓮司は立ち上がり、ベッドの端にしゃがみ込んだ。
「ねえ、遥。
“どうしたら壊れるのか”……俺に、ちゃんと教えてよ」
その瞬間、遥の頬を、一筋の涙が滑った。
無意識だった。
泣こうとしたわけじゃなかった。
ただ──蓮司の言葉が、あまりにも静かだったから。
どこにもぶつけられない痛みを、
「そのままの形で」言われたから。
遥は、指でその涙を拭わなかった。
ただ、壊れそうな目で、蓮司を見返していた。
「……おまえ、最低だな」
「知ってるよ」
蓮司は笑わなかった。
そしてその夜──
遥は、自分が“最低を選んだ”という事実から、
ついに逃げられなくなった。
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