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阿炎快空
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コメント
1件
うわ、この話……すごく切なくて、それでいて温かいですね。にゃははうぺーが実は由宇の分身で、彼の心を守るために記憶ごと眠っていたっていう設定、めちゃくちゃ好きです。特に「自分の憎しみが彼を♡♡♡かけた」という気づきと、その後の記憶喪失が痛々しい。でも最後の修君の告白と崩壊する世界、にゃははうぺーの叫びで全部が報われた気がしました。癒しと衝撃が混ざった、不思議な余韻が残る回でした。
由宇は小さい頃から猫が好きだった。 しかし、母親が猫アレルギーだったため、家で飼うことはできなかった。
そんなある日、幼稚園で一冊の絵本と出会った。
『ねこねこランドの大冒険』
由宇はすっかり、主人公の白猫——にゃははうぺーに魅了された。
にゃははうぺーは怖がりで腕っぷしは弱いものの、頭がよく優しかった。
どことなく修君に似ているな——魔法のマントで空を飛び回るにゃははうぺーの活躍を見ながら、幼い由宇はそう思った。
一人っ子の由宇は家に一人でいる時に、よくにゃははうぺーの姿を空想した。
にゃははうぺーのイメージは日に日に実在感を増していき、やがては由宇の手を離れ、由宇が考えたのではない、彼自身の言葉で話すようになった。
にゃははうぺーには予知能力のようなものがあるらしく、時折、次のテストで出題される問題を教えてくれたり、「今日は午後から天気が崩れるから、傘を持っていった方がいいよ」と教えてくれたりもした。
そして、実際それらは全て当たった。
絵本の中の彼は、そんな力は持っていなかった。
不思議ではあったが、由宇はあまり気にしないことにした。
不思議と言えば、そもそも絵本のキャラクターと話が出来ているこの状況が不思議だし、多少の設定のブレは些細なことに思えた。
にゃははうぺーが見えることは、家族や周囲には黙っていた。
にゃははうぺーがそう言ったのだ。
「そうしないと、おかしな奴だと思われちゃうからね」
そういうものか、と由宇は思った。
にゃははうぺーが現れるのは、由宇が家に一人で居る時だけだった。
やがて、由宇は小学五年生になった。
職員室にプリントを届けた由宇は、教室に戻るため廊下を歩いていた。
『……ちゃん……由宇ちゃん……』
にゃははうぺーの声が聞こえた気がした。
家の外で現れるのは初めてのことだ。
由宇は驚いて周囲を見回したが、彼の姿はどこにもなかった。
『……教室には……行かない、方が……』
それだけ言って、声は途切れた。
「にゃははうぺー?」
呼びかけるが、返事はない。
行くなと言われても、荷物は教室だ。
このままでは帰れない。
大丈夫——きっと、さっきの声は気のせいだ。
由宇は自分にそう言い聞かせながら教室に入った。
教室では、修が数人の男子に取り囲まれていた。
——その後。
由宇はすぐには帰らず、公園のベンチに座っていた。
ふと横を見ると、隣にはいつの間にか、申し訳なさそうな顔のにゃははうぺーが腰かけていた。
(……今頃になって出てきても、遅いよ)
由宇は顔を背けた。
にゃははうぺーは、何も言わなかった。
家族を心配させるわけにはいかない。
日が落ちる前に帰ろうと、由宇はベンチから立ち上がった。
にゃははうぺーも、無言のまま宙に浮かびあがり、後をついて来た。
暫く歩いていると、前方の横断歩道で、見知った顔が信号待ちをしていた。
先ほど、修を囃し立てていた内の一人——お調子者の男子だ。
(あいつ……!)
由宇の心に、憎しみの炎が灯った。
(死ね!)
反射的にそう思った、次の瞬間だった。
すぐ背後で、獣の唸り声がした。
驚いて振り返ると、にゃははうぺーの全身が、黒く染まっていた。
漆黒の影に飲まれたにゃははうぺーは、唸り声をあげながらその体を肥大化させ、見る見る内に大人の背丈ほどもある鼠の姿に変身した。
(まさか……ヂューダ!?)
それは、『ねこねこランドの大冒険』に出てくる悪役の姿そっくりだった。
あっという間のことだった。
にゃははうぺー——いや、ヂューダは素早い動きで男子に駆け寄ると、彼のランドセルに体当たりをした。
叫び声をあげ、男子が道路に倒れ込む。
車のブレーキ音が響き渡った。
幸い、車は男子の彼を轢く寸前で止まった。
「馬鹿野郎!死にてえのかあ!」
運転手に怒鳴られた男子が、わんわんと泣いている。
双方とも、ヂューダの姿は見えていないようだった。
ヂューダが、燃えるような真っ赤な瞳で由宇の方を振り返った。
恐ろしくなった由宇は、身を翻し、その場から必死に逃げ出した。
どのような道順で家に帰ったのかは、よく覚えていない。
その晩、由宇は布団を頭まで被り、ぶるぶると震えながら眠った。
一歩間違えていれば、彼は死んでいた。
由宇はもう気がついていた。
にゃははうぺーも、ヂューダも、自分の分身だ。
自分の憎しみが、彼を殺しかけたのだ。
そして、朝を迎え、目を覚ました時——由宇は、にゃははうぺーやヂューダに関する記憶を、すっかり失ってしまっていた。
「——君は僕やヂューダの存在を、心の奥底に閉じ込めて鍵をかけた。僕らの記憶と一緒にね」
にゃははうぺーの言葉に、由宇は顔を伏せた。
「そうだったね……ごめんね」
「いいさ。別に、責めちゃいないよ。僕らは君の分身だからね。君の心を守るために、それが必要だったのはわかってる」
穏やかな口調で、にゃははうぺーは続けた。
「幼い頃の君には、僕らを具現化するような不思議な力があった。僕の予知能力だって、君自身が持っている力だよ。そうした力は全て、僕らと一緒に眠りについてしまったけどね。でも、僕らは目を覚ました。きっかけは——」
「修君の部屋だね」
由宇の言葉に、にゃははうぺーが頷いた。
「彼との思い出話の最中、君はずっと忘れていた絵本——『ねこねこランドの大冒険』のことを思い出した。そして更に、廃ビルでの〝ゲーム〟の最中に君の力が覚醒したことによって、僕らを閉じ込めていた鍵が壊れたんだ」
なるほどね、と呟き、由宇は立ち上がった。
お尻をはたきながら周囲を見回し、違和感に気がつく。
「ここ、小学校じゃない……中学校だ」
そこはよく見れば、少し前に初めて上った、中学校の屋上だった。
敷地の外には、見慣れた街並みが広がっている。
「まあ、夢の中だからね。よくあるだろ?小学生のころの設定なのに、なぜか中学でできた友達がクラスに混じってたりとか」
ああ、と頷く由宇の姿はいつの間にか中学生に変わっていた。
「ここに逃げ込めって、にゃははうぺーがアドバイスしてくれたんだよね」
魔女に流し込まれた拷問の記憶が頭をよぎり、由宇は身震いした。
「こんなところまで、わざわざ助けに来てくれたの?」
「勿論!——と、言いたいところだけど、ここは君のトラウマが強く反映された空間だ。この世界に囚われている君を助け出す騎士は、残念ながら僕じゃない」
「それじゃあ、一体——」
誰ならば、という言葉を遮るようにして、屋上の扉が、勢いよく開いた。
そこに居たのは——
「修君!?」
——そこに居たのは、中学生の姿の修だった。
修はゼイゼイと息をつきながら、給水タンクの上の由宇を見つめた。
やっと見つけた。
額の汗を拭きながら、よろよろと歩き出す。
一方の由宇も、給水タンクから飛び降りた。
いや、舞い降りた、といった方がいいかもしれない。
物理法則を無視し、質量の無い体が、ゆっくり、ふわりとコンクリートの地面に着地する。
僕と由宇は、互いにゆっくりと歩み寄った。
透明な鯨がゆっくり横切る空の下、僕らは向かいあった。
給水タンクの上ではにゃははうぺーが、僕に向けて「頑張れ!」と言わんばかりにファイティングポーズをとった。
「修君……」
「……ごめん、由宇」
僕は、由宇に頭を下げた。
「みんなにからかわれるのが恥ずかしくて、嘘をついた。ひどいことを言って、ごめん。傷つけてごめん。僕は——」
頭をあげ、由宇の顔をしっかりと見つめて、叫ぶ。
「——僕は、由宇のことが好きです!」
由宇が、瞳を大きく見開き、両手で口元を抑えた。
ピシリ——
頭上で、何かが罅割れる音がした。
「ずっと、ずっと——大好きでした!」
空一面に亀裂が広がり、隙間から金色の光が世界へ差し込む。
そのタイミングを待っていたかの様に、にゃははうぺーが叫んだ。
「にゃーーーはーーーはーーーうーーーぺーーーっ!」
次の瞬間、パリン、という音が響き——世界が崩壊した。