仁人に別れを告げてから、俺は馬鹿みたいに働いた。
少しでも気を紛らわすために。もう、M!LKの為に生きると決めたから。
んで、案の定倒れた。
太智や舜太、柔太朗から心配の連絡がくるが仁人からはこない。
きたらきたで困るが、こないはこないで寂しい。
「はは…俺ってめんどっ」
自分勝手な思いに苦しくなる。
もう、なにも考えたくなくて意識を手放す。
ピーンポーン
チャイムの音で意識が浮上する。
こんな時、いつも家に来るのは仁人で寝起きのだるい身体を引きずるようにして玄関へ向かう。
ガチャッ
「…じゅう」
玄関を開けた先に立ってたのは柔太朗で声に落胆の色が混じる。
「心配して、来てあげたのにその態度ってはやちゃん失礼じゃん」
「悪い」
わかってる仁人が来るわけないって。
「体調どうなん?」
「過労だから1日休めばいける」
柔太朗とリビングのソファーに腰掛けながら喋る。
「……じんちゃんにあのこと…言わんの?」
「言わない」
「でもさ」
「言わねぇって。だから、柔太朗も絶対言うな」
「………」
不満そうな目線を向けてくる柔太朗から目を逸らす。
仁人と別れる1か月前。
家のポストに入っていた真っ新な便箋。
中身には2枚の写真とある喫茶店の場所と日時が書かれた紙が入っていた。
差出人不明の手紙の指示に従うわけはないと思っていたが写真を見て状況が変わった。
そこに映っていたのは、俺に抱き着く仁人と俺と仁人が唇を重ねた写真で言い訳なんてできるわけがない決定的な写真。
その日のことは鮮明に思い出せる。珍しく外で仁人が甘えてきてキスを強請ってきた。滅多にわがままなんて言わない仁人の願いを叶えたくて唇を重ねた。こうなる可能性なんて想像できたはずなのに。
指定された日時にその喫茶店に行き席に通され、5分ほどまったのち背後から声をかけられた。
「佐野勇斗さんですね」
背もたれ越しに聞こえてくる声。咄嗟に振り向きそうになる。
「振り向かないでそのまま聞いてください」
「あんた、誰だよ」
「さすがに素性は明かせないんでね。フリーのライターとだけ言っときます」
声的には俺と同い年くらいの男性ってことしかわからない。
「いやー僕もびっくりしましたよ。全然、女性との熱愛がない佐野勇斗さんが男の人とだなんて。しかもメンバーの」
「要件はなんですか?金ですか?」
こんな奴と無駄な話なんてしてる暇はない。
「いやねーお金なんていらないんですよ。依頼主にそこそこいただいてるんで」
「依頼主?」
「おっと、口が滑っちゃいましたね。忘れてください」
わざと口を滑らせたみたいに飄々と喋り続ける。
「いやね、僕、お金とかよりも面白いことが好きでこの仕事してるんですよ。それがやりがいって言うんですかね。今回はこんな写真が撮れただけでなかなか面白い仕事でしたよ。ありがとうございます」
礼を言われる覚えはない。俺たちはちゃんと真剣に付き合ってるのだから。
「それでですね。楽しかったので良いこと教えてあげようと思って佐野さん呼び出したんですけど。僕まだこの写真依頼主に見せてなくって、しかも今回のターゲット佐野さんじゃなくて吉田さんだったんですよ。吉田さんの身辺調査依頼でしてね。まぁ、報告義務もありましてー」
「さっさと要件言ってもらえます」
「え~楽しませてくださいよ~。まぁ~佐野さんお忙しいですもんね。すみませんね。僕こんなんで」
へへっと笑ってくるこいつに腹が立つ。
「僕の依頼主の調査メインが吉田さんの恋人の有無だったんですよ。で、僕依頼主と賭けしてまして~。僕いないに僕の人生全BETしちゃってて、僕を助けると思って吉田さんと別れてくれません?」
「なんで、俺が」
「これ、流失したらさすがに佐野勇斗でもまずいんじゃないですか~?」
写真をチラつかされ言葉をのむ。
自分がなにを言われたって構わない。でも、仁人は違う。普段は強がってっけど、あー見えてメンタル激弱だから。
「ま、ゆっくり考えてくださいよ。1か月後までに決めていただければ。それでは~」
後ろの人物が立ち上がり歩き出す気配を感じ咄嗟に振り向いたが既に人影すらなかった。
夢だったんじゃないかとすら思えてくるが嫌になるくらい甘ったるい香水の匂いだけがそこに漂っていた。
仁人がこんなこと知ったら自分のせいだってきっと自分を責める。
確かにあの日俺に甘えて来たのは仁人だけど、それを受け入れ唇を重ねたのは俺で。
仁人が自分を責めて傷つくくらいなら俺はいくらでも悪者になる。
『じんとには笑っててほしい』
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フリーライターまじゆるせん、