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3 出来損ないのワタシ
法人、個人事業主の部署は大きなワンフロアで壁はない。
ここだけで百人以上は勤務している。
半分以上はリモート、自分専用のPCを持ってどのデスクでも移動可能。
今までずっと一緒だった中川君、佐藤ちゃんと初めてバラバラになった。
教育係の先輩社員と各自のペースでOJTが進んでいる。
最初は見た目がいいだけでラッキーと思っていた万城目さん。
今は万城目さんを人間としても、社会人としても尊敬していた。
彼は教え方も丁寧、ゆっくりと話してくれる。
資料はわかりやすくまとめてくれて、首尾よく準備されていた。
細かいところによく気づき、こちらの思ったことも察してくれる。
危惧していた、イケメンにありがちなナルシストぶりや自慢は一切ない。
それに、新人の私にも謙虚に接してくれた。
萎縮していた私は、のびのびと過ごせた。
爆美女の服装もハイヒールも解禁。
頑張りたい!
なのに…
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1か月後、習熟度を測る試験が抜き打ちで行われた。
トップは佐藤ちゃん、2位中川君、ドン底のビリは…私。
試験だけではなく、初心者向けの電話対応やビジネスメールのやり取りももちろん最下位。
その後、実践編で業務に携われば、営業社員から苦情がでてしまった。
「ハアぁ…」
私は大きすぎるため息で社内のカフェをドン引きさせていた。
いつもの同期がカフェオレで慰労会をしてくれている。
「きほ、だいじょうぶ?」
「…だめかも」
「そういうときは、腹筋しろよ」
「絶対意味ないわ」
佐藤ちゃんと中川君は、すでにレベルの違う段階の習得をしている。
同じ時期に入って、もう差がついてるって落ち込むよね…。
「万城目さんに迷惑かけちゃう。教え方が悪いせいだって課長が思うかな」
「それはないよ、もともとでき悪いから」
私は佐藤ちゃんにタックルした。この毒舌!
「顔ばっか見てて、頭に何も入らないんだろー」
確かに顔に惚れているけど…
中川君の食べているプロテインバーをバッキバキに砕いてやった。
「おれのおやつー(泣)」
万城目さんまで評価が下がるのは申し訳なさすぎる。
私は、翌日から昼休憩時間は、お握りを片手に業務のおさらいをした。
少しでもマシになりますように。
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「お疲れ様でしたー!」
「おつかれー、また明日」
定時の18時。7割以上の社員、派遣社員は帰宅する。
ここ連日、万城目さんは残業している。自分の業務に加えて、私を教えているからしわ寄せ来たかな?
「相田さん、時間だよ」
「はい、でも、もしよければお手伝いしましょうか?」
彼がこっちを驚いたように見た。
わー、こんな私が手伝うなんて迷惑だよね?出しゃばるなって?
「気持だけでも嬉しいよ、ありがとう。でも疲れてるだろうからまた明日」
両手をあげ、手のひらを見せて上下に動かした。おそらく、大谷選手の物まねしている。
似てないのに。
元野球部でファンだって言っていた。
「バイ、バイ」
何そのぎこちない動き、かわいい…。これ以上、困る。
好きになりそう。
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万城目さんは去年、優秀賞をもらっている。
優秀でも鼻にかけることも無い。
万城目さんは友人が多く、毎日だれかがやってきてお土産や差し入れを貰っている。
一番凄いと思うのは、こんな出来の悪い私を責めたり、嫌味を言ったことは一度もない。
中川君や佐藤ちゃんですらも、教育係にチクリと釘を刺されたり、圧をかけられているらしい。
2人は、先輩の仕事も手伝って残業もしばしば。
それに比べてうちの万城目さんときたら。
「人間出来てるよ…」
いつも定時に帰らせてくれて、自分は一生懸命に仕事している。
「見た目も中身もマジでかっこいい」
入社して、こんな尊敬できる人と関われて良かった。
彼に近づきたい。
いや、そんなこと思っちゃダメ、ただの先輩だもの。
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翌朝、私の社内チャットに資料が添付されていた。
「新まとめファイル」
万城目さんが、間違いやすい点を
コンパクトにまとめて作成してくれた。
万城目さんはスムーズに習熟できるよう作ってくれたのだ。
「これを毎日、目を通して欲しい。横にあるチェックボックスを埋めていく。
できない事は、一緒にやろう」
「あ…ありがとうございます」
「不正解を見つけたら、そこを繰り返しやればいいだけ。人よりも回数こなせば、必ずできる」
これを作るために毎日残業してくれていた…
お腹の下から熱いものがこみ上げた。
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万城目さんの私専用の教育プログラムは効果があった。
2か月目の習熟テストは私がトップ。
私の挨拶や電話対応は見違えるように改善された。
爆美女やるじゃん、見違えたよ、とフロアで囁かれるように。
私は長い黒髪をかきあげた。
少し自信がついてきたかも!
「万城目さんのおかげです!」
「相田さんのポテンシャルが高いんだよ。自分でも隙間時間に努力してたでしょ」
「え、知ってたんですか」
「当然」
私と万城目さんは、顔を近づけて笑いあった。
「あの…次の試験でトップだったら、ご褒美下さい」
私は勇気を出して言った。
「もちろん、いいよ」
万城目さんの顔が更に近づいてくる。
気のせいか、彼の瞳がキラッと光った。私の胸の鼓動が早まった。
もう少しでキスしそう。
「絶対ですよ」
私の手と彼の手が触れた。
でも、2人ともそのままでいた。
もっと、触れたい。
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扉の奥で、息をひそめている社員がいた。
菊池さんだった。