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砂原 紗藍
#再会
ソファをずるずる落ちていく手を捕まえられたので、反対の手で彼を押した。
「聞いてない!」
「ん?」
「そんなに慣れてるなんて聞いてない!」
質問もしていなかったし、別に言うわけもないけど。
パニックになってそう言ってしまった。
口の中にまだ一矢くんの舌の感触が残っていて、どうしたらいいのかわからない。
触れた場所からぶわっと熱は生まれるのに、気持ちは冷えていくのはどうして。
「これでも恐る恐る触ったんだけど」
「恐る恐る触る人が舌なんていれないです」
「反応が可愛い」
全く謝るそぶりも見せず、悪びれもせずに言ってのけると、上体を起こしソファの隅に座った。
「でもキスの反応は嫌そうじゃなかったな」
クールで無口で、優しく笑う彼はどこに行った。
今、私の横で座っている一矢くんは、悪戯っ子みたい。
「――経験豊富なんですね。こんな反応だけで分かるなんて」
女の子の態度だけでいけるかいけないか分かるなんて。
確かに御曹司で、性格もよさそうに見えるし顔もいいし完璧かもしれないけど。
だったら顔色がわかる簡単な女性と沢山遊べばいいのに。
私の心はとっくに冷えている。キスしてと迫ったのは私だったけど、一矢くんが女性との経験が豊富なことだけは分かった。
私みたいに男性と交流さえなかった女は、手玉にとれるように簡単な存在なんだろうね。
「ぷっ」
「なんで笑うの? 女性の敵」
「何を勘違いしてるのか分からないけどさ、多分違うよ」
拳で口を押えながら、一矢くんは体を震わせていた。
「俺は今までの華怜の反応の冷たさと今の反応を見て、ってことで。女性と遊びまくって得た経験なんてないよ。そんなもの、――華怜の前では無意味だし」
「はあ? その顔とその肩書で遊んでないっていうの?」
「どっかの『クソ』がつく父親のせいで、仕事が忙しくて遊ぶ時間はなかったと断言しとく」
それか、俺は実は一途なのかもね。
此方を向いて、ソファにもたれ掛かりながらの流し目。
自分の顔の良さで誤魔化そうとしても、私だけは騙されるものか。
―
「俺、今やばいぐらい楽しい」
「最低」
空になったカップを手に持ち、キッチンへと向かう。
最低だと思いつつも、ソファのすぐ横のカーテンが怖くて、彼の後ろをついていった。
「俺のことを親の仇って感じで睨んできたときは、悲しかったんだけど、俺は別に恥じる行為もしてないし、華怜への気持ちも嘘じゃないから。俺だけは華怜の前で偽らないように決めてたんだ」
「……そおだっけ。クールぶってお笑い好きなのも隠していたんじゃないの」
「格好つけは認めるけど。でも自分だって衝動的に華怜にプロポーズするぐらい舞い上がってたから、頑なに視線を合わせない君と一緒にいて心が折れそうにならなかったわけはない」
確かに私も素直じゃない部分は多々あった。
でも一矢がどう思っているかなんて全く考えていなかった。
借金の型に売られた形だと諦めていた部分もあるし。
「だから、こうやって普通に君と話せて、からかって、笑いあって、キスできてすげえ楽しいよ。絶対あきらめないね」
「……」
「お、照れた?」
照れたわけではない。経験値の少ない私には許容範囲以上の数々にショートしただけ。
「無関心より、嫌い、嫌いよりちょっと好き、その次はどうかな」
一人で盛り上がっているけど、別に私は一矢くんのことを『ちょっと好き』ではない。
触れても、平気。目を見れて話せる。
試す場合は好きに使って構わない。そう言われた存在だ。
言い返さず睨みつけて終わったが、珈琲を二人分いれる行為さえも楽しそうでなんだか少しだけ悔しかった。
まるで私の心みたいに、その夜は雷が何度も止んでは繰り返し鳴ったので、朝方まで一緒にホラー映画を見たのだった。
***
次の日、ずっと気にしていた美里に経過だけは報告してみた。
「驚いたよ。どうして、こうなったの」
色々と過程があったし、色々と過程を吹っ飛ばして私と一矢くんが同棲していることを、美里に搔い摘んで電話で話しただけ。
すると美里は新婚にもかかわらず、家から携帯と財布だけをもってタクシーでやってきた。
真っ青になっている美里に、申し訳なくてへらりと笑った。
「さっきも言ったけど、うちの祖父の病院の件で一矢くんに出資してもらったみたいな」
「それって脅迫されたってこと?」
「そういうわけでもないけど。あ、紅茶淹れるね」
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