「……浮かない顔をしていますね、イルティナ嬢」
「あ、えっと……」
エルメラが驚くべきことを言った数日後、私はまた慈善活動に参加していた。
今回は、王家が主導して行っている慈善活動であるため、その場にはこういったことの代表であるドルギア殿下がいた。
彼は、私のことを心配そうに見つめている。私はそんなに浮かない顔をしているのだろうか。
「何かあったのですか?」
「えっと……まあ、色々とありまして」
「色々、ですか」
ドルギア殿下の善意に対して、私は曖昧な言葉を返すことしかできなかった。
アーガント伯爵家の内情に関することを話すべきではない。そう思ったのだ。
「……婚約のことですか?」
「え? どうして、わかるんですか?」
「ああいえ、その、直近でイルティナ嬢にあった変化というと、それかと思って……」
しかし私は、すぐに間抜けを晒すことになった。
ドルギア殿下の質問に、私はまんまと内情を口にしてしまったのだ。
これにはドルギア殿下も、目を丸くしている。恐らく彼にとっては、何気なく口にした言葉だったのだろう。
「……まあ、ばれてしまったら仕方ありませんね。どうせすぐ正式に発表されるでしょうし、お伝えします。実は私の婚約は破談になったんです」
「破談、ですか?」
「ええ、まあアーガント伯爵家とパルキスト伯爵家の婚約自体は続いているんですけど……」
「……妹君との婚約に、変更されたということでしょうか?」
「ええ、そういうことです」
ドルギア殿下は、私の言葉に少し考えるような仕草を見せた。
今回のような件は、少々特殊だ。やはり彼も、驚いているのだろう。
「何があったか、これ以上お聞きしてもいいものなのでしょうか?」
「大丈夫です。事情はそんなに難しいものではありませんよ。パルキスト伯爵家が、優秀な妹の方がいいと言ってきたというだけのことですから。私では不服だったみたいです」
「……アーガント伯爵家が婿を迎えるのでしょう? パルキスト伯爵家は、そんなことを要求できる立場ではないと思いますが」
「それに関しては、そうなんですよね。でも、妹が了承してしまって……」
ドルギア殿下は、至極全うな指摘をしてきた。
パルキスト伯爵家の言動は、正直言って不可解だ。どうしてあんなに強気だったのだろうか。その意味がまったくわからない。
まさか、エルメラが了承することを読んでいたとでもいうのだろうか。しかし、彼女とパルキスト伯爵家には繋がりなんてまったくなかったはずだ。その辺りに関して、私は未だに腑に落ちていなかった。
「……そもそも、イルティナ嬢に対して不服なんて、まったく持って意味がわかりませんね。あなたは素敵な女性であるというのに」
「あ、ありがとうございます」
ドルギア殿下は、非常に嬉しいことを言ってくれた。
彼にそう言ってもらえるだけでも、私にとっては充分過ぎるくらいだ。
なんだか心が、とても晴れやか気分である。結果的にではあるが、彼に話して良かったということだろうか。
◇◇◇
才色兼備、文武両道、人は私のことを語る時に、そのように言う。
それは紛れもない事実である。私は謙遜なんてしないので、否定したりしない。
私は特に、魔法の方面において、その才覚を発揮しているといえる。私が思い付いた数々の方式によって、世界の魔法事情が変わったくらいだ。
そんな私の才能には、様々な虫が群がってくる。
それは仕方のないことだ。私が偉大過ぎるのだから、それくらいは甘んじて受け入れてあげてもいいと思っている。
才能を持つ私は、才能を持たない者達には寛大な心を持って接するべきなのだ。慈愛の心を持つ。それは私が、いつも心掛けていることだ。
「いや、嬉しい限りだよ。君と婚約することができて、僕は嬉しい」
「……そうですか。それは、ありがとうございます」
「一時はどうなるかと思っていたが……これで一安心だ」
しかしながら、そんな寛大な心を持っている私でも、許せないことが一つだけある。それは、家族――特に姉であるイルティナに関することだ。
「お姉様のことですよね?」
「うん? ああ、イルティナ嬢……彼女の扱いは正直困ったとも。アーガント伯爵家も、困っているのだろう?」
「……」
「長子ということもあって、アーガント伯爵家もイルティナ嬢のことはある程度重用せざるを得ないのだろうが、君という存在があるというのに凡人を重用するのは、もどかしいものだろう」
私という存在があるからか、アーガント伯爵家は根も葉もない噂を立てられることが多い。
例えば、アーガント伯爵家は長女であるイルティナのことを疎ましく思っているとか、そういったことだ。
基本的に貴族の子供の序列は生まれた順番で決まる。姉が凡人、妹が天才。それが逆なら良かった。私達のお父様やお母様が、そのように思っていると考える愚物は多い。
寛大な私は、そういった者達の言葉を鼻で笑って受け流してきた。低俗な者達の戯言に一々反応するなんて時間の無駄だからだ。
しかし目の前にいるこの男及び一家は、その牙をお姉様に向けた。それは万死に値する愚行であるということを、しっかりと味合わせなければならない。
その方法については、私なりに考えた。
魔法でその肉体に直接わからせるという方法もある。それでも特に問題はないだろう。
その程度のことで私を罪に問えたりはしない。もたらす利益を考えて、王国は私の肩を持つ。
ただ、その方法では多くの恨みが残りそうだ。
王国に恩を売るというのも気に食わない。それによって私の行動を縛られたくはない。
だから私は、慎重にことにあたるつもりだ。あくまでこの一家を内部から追い詰めていく。
そのために、目の前の男やその一家に媚を売るというのは苦痛であるが、この際多少のことには目を瞑るとしよう。
重要なのは、お姉様を侮辱した者達を追い詰めることだ。無駄な恨みを残さないためにも、徹底的にやるとしよう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!