「魔物の大量発生、ですか?」
「ええ」
ドルギア殿下から伝えられたことに、私は驚くことになった。
現在、私は王都にいる。慈善活動の一環で、こちらに立ち寄ることになったのだ。
用事を終えたら、すぐに家に帰るつもりだった。しかしどうやら、そうすることはできないらしいのだ。
「異常な大量発生が、確認されているそうです。今動くのは、大変危険だと思います」
「そうですね……」
通常、王都に続く街道などには魔物は寄り付かない。
魔物は普通の獣よりも知能が高く、人を恐れず襲うものではあるが、知能が高い故に、人通りが多い街道などには現れないものなのだ。
しかし、その前提が大きく覆ることがある。それは、魔物が大量発生した時だ。
徒党を組むことによって、人が多くても勝算があると考える魔物。他の魔物によって住処を追われて、結果的に街道に現れる魔物。理由は様々ではあるが、魔物が大量発生すると、街道でも危険になるのだ。
「現在、騎士団や冒険者達によって魔物の討伐が行われています。安全が確認できるまでは、しばらくかかるでしょう」
「……泊まる所を探さなければなりませんね」
当然のことながら、この状況で帰宅しようとは思わない。
こういった時には、街道よりももっと魔物が近づかない町にいるのが得策だ。
お父様やお母様には、魔法によって連絡しておくとしよう。
もしかしたら、向こうも同じようなことが起こっているかもしれない。その場合、アーガント伯爵家の長女としてその対応にあたれないことは申し訳ないのだが、今回はもう仕方ないだろう。
「その件について、父上が王城に招くことを提案しています。今回皆さんは、王家の主導で動いていた訳ですからね」
「王城、ですか。光栄ですけれど、緊張してしまいますね」
「いいえ、気楽に考えてください。お客様なのですから」
「それは流石に、無理な話と言いますか……やはり、色々と懸念があります」
国王様のご厚意によって、王城に泊まらせてもらえるのはとてもありがたい。
とはいえ、粗相があったら大問題だ。今回の慈善活動には、貴族がそれなりに参加しているし、何かあったらその噂は一瞬で広まってしまう。
「イルティナ嬢なら、普段通りにしていれば何の心配もないと思いますが……」
「ドルギア殿下は、本当に私のことを高く評価してくださいますね。でも私は、そんなに優れた人間ではないのですけれど……」
「またまた、ご謙遜を」
私の言葉に対して、ドルギア殿下は笑みを浮かべていた。
彼は、本当に心から私を評価してくれているのだろう。その笑顔からは、それが伝わってきた。
ただ実際の所、私は凡人でしかない。今回も失敗しないように気を引き締めるとしよう。
◇◇◇
「なるほど、あなたがエルメラ嬢という訳ね?」
「……ええ」
パルキスト伯爵家の男達は、私のことを歓迎していたように思える。
少なくとも敵意のようなものは感じられなかった。私という偉大な才能との繋がりができることに対して、喜んでいたような気がする。
しかしながら、ブラッガの母親であるパルキスト伯爵夫人だけは、そうでもなかった。彼女からは、私に対する露骨な敵意が伝わってくる。
「……偉大な才能を持つと聞いていたけれど、見た目はただの小娘ね?」
「……」
「本当にすごい力を持っているのかしら? 本当にブラッガに相応しいものかどうか……」
パルキスト伯爵夫人は、自分と息子であるブラッガに入れ込んでいるようだった。
差し詰め、息子の嫁になる者が許せないといった感じだろうか。その敵意の理由が、私はよくわかった。
しかしながら、パルキスト伯爵夫人の行いは、低俗極まりない。
いくら息子の結婚が気に入らないからといって、その相手を攻撃して何になるというのだろうか。そんなことをしたら、息子及ぶ自分の家の評価を下げるだけだ。
まあ、そういったことを考えられない空っぽの頭だから、こんなことをしていると考えるべきだろうか。
「よろしかったら、私の力の一端でもお見せしましょうか? お義母様」
「なっ……!」
ただ、パルキスト伯爵夫人が短絡的な人間であるということは、私にとって都合がいいことでもある。
そういった人間は、とても制御がしやすい。今の私の言葉で、私の思い通りに怒っているのが、その証拠だ。
「あ、あなたにお義母様と呼ばれる筋合いはないわ」
「そうですか?」
「……優秀なのかもしれませんが、それで好きなようにできると思わないことね。言っておくけれど、世の中はそんなに甘くないのよ」
パルキスト伯爵夫人は、私に対して上から目線で言葉をかけてきた。
だが、その言葉には何の説得力もない。なぜなら、今目の前にいる無駄に年を食っただけの大人が、世の中を舐め切っているからだ。
お姉様もそうだった訳ではあるが、私はこの屋敷に招かれた息子の嫁である。そんな私に、こんな態度をして許される訳がない。
そもそもの話、お姉様に失礼な態度をした時点で、今回の縁談は終わりだった。そんなこともわからない時点で、パルキスト伯爵家なんて間抜けの集まりだ。
「何のことを言っているのかはわかりませんが……これから、どうぞよろしくお願いします」
「な、なんですって?」
「ブラッガ様のことは、私がちゃんと支えますから」
「あ、あなた……」
私は、パルキスト伯爵夫人を大いに煽っておくことにした。
彼女という人間は、とても利用しやすい。思わぬ収穫に、私は笑みを浮かべるのだった。
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