どうして、こんな事になってしまったのだろう。
泣いても泣いても涙が止まらない詩歌は、黛の所有するマンションの一室に連れ込まれると、窓のない布団だけが敷かれた物置部屋のような所へ押し込まれ、手を拘束されたまま寝かされていた。
(……私が、いけなかったんだ……危険だって言われていたのに、マンションを出て……勝手な行動をしたから……だから、郁斗さんだけじゃなくて、美澄さんや小竹さんにまで……)
自分の浅はかな行動のせいで、郁斗が死に、美澄や小竹の安否すら分からない。
そして自身は悪魔のような男に囚われ、どうする事も出来ない状態に陥っている。
詩歌にとって今の状況は、死よりも辛いものだった。
(……そもそも、私が家出なんてしなければ、誰も不幸になる事は……無かったんだ……)
全ては義父や婚約者の手から逃れたくて行動した『家出』が全ての原因だと気づいた詩歌は、ただ自分を責め続けていた。
「…………郁斗さん……ごめん……なさい……。ごめん……なさい……っ」
届かない思いを口にした詩歌は、彼を思って目を閉じると、ひたすら謝り続けていた。
一方、病院に運ばれ手術を終えた郁斗は、詩歌に名前を呼ばれた気がして目を覚ます。
「…………詩歌?」
目を開けた郁斗は天井を見つめながら、痛む身体を起こそうとする。
「郁斗さん! 駄目っすよ! 今は絶対安静なんすから!」
そこへ用事を済ませて病室へ戻って来た美澄が駆け寄り、郁斗が動くのを慌てて制止した。
「……美澄……お前、無事だったのか?」
「いや、当たり前っすよ。俺も小竹もあの程度じゃ死ぬわけないって。ただ、俺らのせいで詩歌さんが攫われちまって……本当に、申し訳ないです……すいません」
美澄や小竹も普通の人からすれば重症ではあったものの、他より身体が多少丈夫に出来ているらしく、少しの痛みさえ我慢すれば動く事に支障はないらしい。
ただ、自分たちが詩歌を守りきれなかった事を悔いているようで、いつもの元気は無い。
「いや、詩歌については、俺の落ち度だ。正直黛があそこまでイカれた奴だとは……思ってなかった。迅もなかなかイカれた奴だが、それ以上だ……」
「郁斗さん……」
「美澄、恭輔さんは?」
「一旦事務所に戻ってますが、また顔見せに来るって言ってたんで直に来るかと」
「そうか……。詩歌の行方は、分かってるのか?」
「それがまだ。黛の奴、至る所に伝手があるせいか、何処に匿っているか、まだ見当がついてない状況らしいっす」
美澄のその言葉に、郁斗を悔しさを滲ませる。
あの時、詩歌を助ける事が出来なかった自分が許せなかった。
(……詩歌、必ず、助けてやるからな)
だからこそ、絶対に助け出す。次こそ命を失う事になっても彼女だけは、守りきる。
そう、密かに心に誓っていた。
それから数日後、未だ安静には変わりない郁斗だったが、絶対に無理をしないという約束の元、早くも退院する事になった。
郁斗が居た病院は個人経営で組織とも繋がりがあるので多少の融通が利く事もあり、様々な事情を考慮して退院という判断を貰えたのだ。
美澄や小竹と共にそのまま事務所へやって来た郁斗は、詩歌の捜索をしている恭輔から現在の状況を聞かされる事になった。
「……調べによると、詩歌は今、黛の所有するマンションのどこかに囚われているようだが場所の特定がまだだ。何しろ黛には各方面多数の協力者がいる事もあって、フェイク情報が多いんだ」
「……そうか」
「それと、今現在、まだ花房や四条は無事だったから神咲会にも協力を仰ぎ、彼らの保護をする事になった」
「保護?」
「まあ、アイツらも犯罪の片棒を担いでいる事は分かっているからな、奴らに有利な条件をチラつかせたら色々な事をポロポロと話しているらしい」
「色々っていうのは?」
「そうだな、そもそも何故、詩歌が狙われる事になったのか、それを辿ると、黛組の悪事が更に色々露呈して来たんだ」
「アイツ、売春斡旋以外にもやってんのか?」
「まあ、それはやってんだろうけど、今回も売春斡旋に関わる事さ。詩歌は施設育ちで花房に引き取られたらしいな?」
「ああ、そう聞いた」
「そもそも詩歌が居た施設というのが、黛組と繋がりがあったんだ。そこの施設長と黛組の前組長が知り合いだったようでな、先代が亡くなってからは黛とも深く関わる事になり、黛の方から売春斡旋の話を持ち掛けた」
「花房や苑流以外にも協力者が居たのかよ」
「ああ。黛は使えるものは何でも使う、根っからのクズ野郎らしいな。施設長と繋がり、施設に居る子供に予め目をつける。勿論、子供でも顧客の希望に近いのが居れば理由を付けて施設から連れ出して顧客に売っていたようだが、大抵がやはりそれなりに成長してからというのが決まりだったようだな。自然な形で施設を出して、自然な形で売春斡旋へと持って行く。そしてそれとは別に黛自身気に入った子供がいれば金と引き替えに自身が引き取り囲ってるらしい。その流れでいくと詩歌も早くに目を付けられた内の一人で、花房に引き取らせたのも全ては黛の思惑だったんじゃねぇかな。まあその辺は本人に確認しねぇとわからねぇがな」
調べれば調べる程、黛 弥彦の悪事が明るみになっていく。
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